妊娠

晴れ時々雨

👶

いつものように待ち合わせをして彼と時間をともにする。特に激しさはないけれど常に幸福の香りが漂っている。実は彼にまだ言っていないことがある。そのうち報告するつもりだけど、私妊娠してるの。彼はきっと喜ぶだろう。でもはっきりさせてしまう前にまず自分ひとりでこの特上の幸せを味わいたくて内緒にしている。二人のことなのに私しか知らない。極上の喜びを隠すことで得る何がしかの感情は最高にエキサイティングだった。彼の話に相槌をうちながら、産まれた子のことを考える。コーヒーの上に乗ったクリームの泡をかき混ぜ、子供の口の周りについたミルクを想像する。三人で行く公園やショッピングモール。彼は片手で子供を抱き、反対の手を私と繋ぐ。今日はいつもより具体的な想像が捗る。ああこうしちゃいられないわ。急いで産まなくちゃ。このあと彼の家に泊まるはずだった予定を切り上げて帰り支度を始め、残念そうに引き留める彼を残して家路を急いだ。気が急くのは、産みたい気持ちだけじゃなかった。部屋のドアの前に立つともう声がしていた。いけない子。昨夜確保しておいた、この世の平和の体現者のようにコンビニ前で酔っ払っていた若い女の子が、うーうー唸っていた。ごめんなさいね、悪いけどそれは外せないの。あなたにはお喋りは求めてない。もうアルコールは抜けたかな?一応トイレに連れて行って用を足させた。彼女は不満げだったけど、パンツは履かせなかった。そして彼女を固定し直すと、私はこれから執り行う儀式のためにリップを塗り直した。血液が流れる予定はないが、これは予想寄りのイメージのようなもので、事実より確信めいていたので赤いルージュを塗った。だって、出産には付き物でしょう赤が。首という首をベッドに繋がれた状態の彼女が期待を込めた眼差しで私を待っていた。予てから収集しておいた儀式用の式具を彼女の足の間に並べると、荘厳な気持ちがぐっと高まった。高まるものを抑えると、一種の恍惚に陥る。私はこの感覚がたまらなく好きだった。整然と並ぶ用具の一つ一つは、社会通念では汚物と呼ばれるものばかりだった。世間ではゴミと呼ばれている物がこの儀式に於いて神具クラスの扱いになる。汚さが尊さ。まさしく、聖は穢から生まれるのだ。私に震えが訪れた。慶びなさい、貧しき平和よ。満たされた者には得られない、あまねく嫌悪の象徴よ、寿げ。

「あなたには私の子を産んでもらいます」

私は息を整えてから彼女の股ぐらに屈み、さいしょの具物を膣に挿入した。

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