第一章 石決明

第2話 密筑と古潭

 福慈ふじやまを背に、急峻な山嶺を越えた先に広がる大平野の北部、腕を伸ばすように大地を潤す太湖と緑濃き沃野を擁する常陸国ひたちのくに

その北部、久慈くじこおりを流れる大河は海に向かって大きく末を広げ、白い砂浜の広がる遠浅の海岸を形作っていた。

周辺には葦原が生い茂り、この平野の北限に屹立する断崖の下まで続いている。

 西の森から東の海岸線に沿って長く続く断崖は北へ向かい、暫くすると砂浜を遮るように海へ突き出していく。

その辺りから水底は深く落ち込み、崖裏から先は小さな入江となって、船を舫うに適した良港として西からの移住を扶けることになった。

 海岸線に沿って北上してきた東征の軍はここから上陸し、坂上の森の中に滾々と涌き出す清澄な泉を発見するに到る。

ここを補給の基地と定めた彼等は、これまで平定してきた地より民を集めて移住させ、農耕と漁猟の為の集落を作らせた。

これが密筑みつきの里である。

「水城」にも「貢」にも通じる大和朝廷支配下の里であった。


 その里の様子を静かに見つめる者達が居る。

密筑の里を包む森の後背に位置する邑、古潭こたんに住まう古き民達である。

採取と漁猟を糧として、葦原中国と呼ばれる以前からこの土地に住み着いていた者達であり、遙か昔、金属器と騎馬に追われるように流浪を強いられた人々でもある。

新しき里人は古潭に怯え、旧き邑人は密筑を警戒した。

 幸いなことに、両者の間に小競り合いはあっても、未だ大きな戦いは起きていない。

古潭は密筑の後背に有るとはいえ高い崖上に位置し、距離も遠く両者がまみえる機会は滅多に無いからだ。

 唯一古潭に繋がる道は、入江を形成する突き出した崖の外側にある狭い斜面だけで、過去の小競り合いは全てこの付近で起きている。

故に、里人は斜面に近付かないし、邑人もまた滅多に入江に近付くことはしないのだ。

こうした抑制は習慣となり、やがて両者の間に掟となって存在していく。

 しかし、掟が有れば必ずそれを破る者が現れる。

慣習を破る者は大抵若者の中から現れ、その熱と力で大人達が築き上げた世界に抗ってみせるのだ。

今しも崖上から斜面を駆け下り、密筑の海へ飛び込もうとする少年も、またその一人である。

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