【完結】夢(ナイトメアモード)のマイホームダンジョン。妻子いる家にこんなもの作った奴はどこのどいつだ!!

焼砂ひあり

第1話 驚天動地



 新築五年目のマイホーム。

 三十年ローンを組んで買った我が城。


 部屋割り、内装、家具の配置等の基本的な仕様は妻が決定した。詰み上がる金額に慄き、出来るだけ安価になるように誘導しようとしたが全て無駄だった。

 俺は敗北者だ。


 だが、後から「こうしてれば良かったのに」、なんてネチネチ言われ続けるよりましだと信じている。金で精神的平穏を買ったのだ。


 まぁ、満足してるんだから良いんだ。

 別にモノが悪いわけでもないし。


 などと自分に言い訳しながらも、夫婦になって早九年。

 子供も二人出来て、長男は小学一年生の六歳。長女は年少の四歳。


 大きな病気をすることもなく、すくすくと順調に成長している。

 昔は子供なんて嫌いだったが、実際自分の子供を持ってみるとめちゃくちゃ可愛い。

 勿論イラッとすることもあるが、自分の子供というだけで大目に見れる。


 これからどんな風に成長するんだろうと、不安もありつつ楽しみしかない。

 平凡な日常がこれからも続いていくと思っていたし、疑いを持てるほど悪い兆しは特に何も無かった。


 会社も学校も保育園も盆休み。

 外泊を経験させたくて昨日まで隣の県まで小旅行に行っていた。といっても実家に墓参りと孫の顔を見せに帰郷したのに併せて、適当な旅館で一泊しただけだが。


 初めての外泊が大層楽しかったらしく、子供たちはキャッキャと騒いでいたし、もっと泊まりたいと強請られたりもしたが、また今度ねと誤魔化した。


 外泊も安くないんだよなぁ。


 金、金、金としみったれた事を言っているようではあるが、実際無いものは無いのだ。

 将来大学に通わせると掛かる金額を考えると頭痛と吐き気が。


 子供は可愛いし、出来るだけ色々な経験をさせてやりたいし、金で将来が閉ざされるような想いをさせたくはないが、無い袖は振れないのである。


 そんな世知辛い大人の葛藤など知る由もなく、子供たちは今日も無邪気にはしゃいでいる。


「こんどはパパがおにね!」

「ぼくすっごいかくればしょみつけた!」


 連休最終日。

 明日から仕事なので今日はゆっくりと家で凄そうと特に予定は入れていない。


 暇と体力を持て余した子供たちにかくれんぼに付き合わされている最中である。


「いーち、にー、さーん、しー、……」

 そろそろ昼飯作らないとなーと考えながら、子供たちに聞こえるように数を数える。

 二階からキャッキャと声が聞こえてきて、大体どこに隠れたか検討がついてしまう。まだまだおこちゃまだ。まぁ、精々見つけられないふりをして楽しませるかー。


「きゅう、じゅう。もーいーかい?」

「「もーいーよ!」」


 スマホで動画撮影しながら、階段を上がる。

 二階の書斎では栗花(妻)が仕事をしてるので、多分そこにはいないだろう。


 物音と最終的に声が聞こえてきた方向からして、多分隠れたのは寝室のクローゼットだろうから、わざと子供部屋から捜索を開始。


「どーこーかーなー」

 おどろおどおろしい声を上げながら、部屋の中を練り歩く。

 いないのは分かってるので、物陰を適当に確認しながらさっさと捜索を終え、今度は二階のトイレを開ける。当然いない。


「どーこーだー」

 ワザと大きめに足音を立てながら、寝室の方へと向かう。


 カーテンが締めきってあって、明りも付けていない寝室は薄暗い。

 片づけていない布団は乱雑に散らかっているが、子供が隠れている様子はない。


 しかし、立ち入った瞬間違和感があった。

 普段と違う気配。いや、臭いか。


 埃っぽいような、人があまり入らない廃屋のような。

 部屋の中、子供が隠れているであろうクローゼットの扉が僅かに開いていた。


 おそるおそる、ゆっくりと扉を開ける。

 認識を脳が拒む。


 ここは二階の寝室。

 目の前はクローゼット。


 奥行きなんて一メートルあるかどうか。


 なのに、そこにあるのは、石の階段だった。


「は?」


 背筋を怖気が走る。

 冷や汗が溢れだし、動悸が激しくなる。


 踊り場も無く、真っ直ぐ下に延びる階段、その二段目に娘の髪を結っていたゴム紐が――。


 手を延ばし、クローゼット(?)の中に手が入った瞬間、脳内に音声が響く。


『ようこそ、チュートリアルダンジョンへ! あなたは三人目の登録者です。先行参加者への特典として、ランダムでレアロールとレアスキルが付与されます。ダンジョンクリアに向けてどうぞご活用ください。それでは、よきダンジョンライフを!』


 場違いに華やかな女性の声だった。


 嫌な予感が最早半ば確信に変わる。


「……三人目、だと」

 拾ったゴム紐。


 階段の先は薄暗く、何処まで続くのかも見通せない。

 こんなところを子供が降りるだろうか?


 子供相応に考えなしではあるが、長男の李空りくも、長女の桃もももどちらかと言えば臆病だ。

 こんな薄気味悪い場所に喜んで突進するとは思えないが。


 だが、このゴム紐は……。


「くそっ」

 考えてる間に危機に陥ってるかもしれない。

 しかし、ダンジョン、ダンジョンだと?


 ゲームが現実に浸食してきたとでもいうのか。

 しかも、三十年ローンのマイホームに?

 運営がいるならぶち殺すぞマジで!

 あと二十五年分の支払いさせるからな!


 頭の中で半ば冗談、半ば切実な金の話に意識を逸らす。

 そうでもしなければ、子供たちがどうにかなってるなんて考えたくもない。


 ダンジョンと言えばモンスターだ。

 例えいるのがスライムだろうが、小学一年生と年少組に相手できるとは思えない。


 五ミリの虫に怯える子供だ。

 面白そうだからと、おもちゃのスライムと間違って無警戒に近寄って――。


 嫌な想像は、したくもないのに湧き上がってくる。

 階段を何段下っただろう。

 運動不足で息が上がる。


 途中で折り返しつつだが、高低差で言えば10mは下ってると思うが、家の一階部分はどうなってるんだろう。さっきまでは何とも無かったが、普通に考えれば隣家まで含めてめちゃくちゃになってるはずだが、そんな事にはなってなかったはずだ。


 折り返しを四回過ぎて、恐らくはビルで言えば五階分くらいは下っただろうか。

 ようやく明りが見える。


 李空はともかく桃はまだ四歳。年少の中では一番大きいが、それでもさすがにあの短時間でここまで移動出来たとは思えない。

 となれば、中には入らず引き返したのだろう。多分、二人はまだ家の中だ。


 一息吐く。

 まあ、そうだよな。こんな場所に突貫するほど勇敢な子供ではない。


「俺でもあるまいし」

 実家が田舎で、小さいころから山の中やら川辺やら、勝手に遊び回っていた野生児とは違うのだ。この辺りは都会というほど都市部でもないが、外で放し飼いに出来るほど田舎でもないので、未知への耐性が自分と同じと思わない方がいい。


 取り敢えず、階段の出口だけでも確認してから戻ろうと決め、息を整えるようにゆっくりと階段を下る。


 階段を抜けた先は広い空間になっていた。

 階段もそうだったが、巨石を組み上げて作ったような構造で、古式所縁の典型的なダンジョンといった風情である。


 照明用途であろう篝火のようなものが壁に設置してあるが、火ではない。魔石的な何かだろう。光源の数がそんなにないせいで全体的に薄暗く、奥まで見渡せない。


 パッと見何にもないな、と部屋に入って見回していると奥の方で何かが動いた気がした。

 ちらちらと赤い炎のようなものが煌めいて、その明りがその何かの輪郭を僅かに照らす。


 彼我の距離は十五メートルほどだろうか。

 幼いころからゲームやマンガに慣れ親しんだモノにとって、それを見間違える事は無いだろう。


「グルルルル、ゴアアアアアアア!」

 雄叫び。

 赤い火のようなものは口の端から漏れた竜の吐息。


「うっそだろ」

 チュートリアルダンジョンと、脳内に響いたアナウンスは告げていなかったか?


 一階層の一フロア目がボス部屋直行で、しかもドラゴンってどうよ?


 わかった、これクソゲーだ。


 そんな場違いな感想を抱きつつ、凍野家家長、杏弥きょうやはドラゴンブレスにより消し炭にされたのであった。



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