第22話 メタバースだけの生活
私は体を失ってしまった。そう、ある女性から電車のホームから突き落とされて、体がバラバラに、そして回復できないぐらいめちゃくちゃにされた。でも、脳だけは奇跡的に残って、現実世界では培養液に保存されている。
そして、メタバースでは、普通の女性として暮らしている。メタバースがあるから生きていけるのは感謝ね。もちろん、現実世界で大地震とかあって、脳を保存している容器が壊れたりすれば、私は消えてしまうけど、そんなことになったら普通の人も死ぬしね。
その後、私を突き落とした女性をメタバース東京で偶然に見かけて、警察に伝えた結果、その女性は逮捕されたと聞いた。それ以上のことはできないけど、まずは仕返しをしてあげたわ。
私は、もともと高校の先生で、メタバース東京では塾の先生をしている。今どきの学校は、メタバース中心で、週に1回ぐらい現実世界で体育などの授業をしているんだけど、塾では、全ての授業はメタバースで行われてるの。
私はメタバースでの塾の先生として、高校生を教えてお金をもらい、その1/4ぐらいを、脳を保管・維持してくれている会社に支払い、残りで生活している。
メタバースでの生活って、現実世界とそんなに変わらないのよ。映画も見にいけるし、食べ物も味や香りを楽しめる。土地とかは、空に向けては仮想的にどんどん広げられるから、家賃とかもそんなに高くなくて、現実世界よりは生きやすい。
今どき、メタバースでほとんど生活しているからって、現実社会では、カプセルホテルの1室を買って、シャワーとかトイレとかのシェア料だけ払って生活している人もいる。
現実社会で家を買っても、ほとんどベットの上で、メタバースに入っていれば、そっちの方が効率的。そんな人と私は同じとも言えるわよね。
塾では、私は、数学を教えてるけど、学生は感情多感な時期だから、いろいろな相談にも乗ることが多い。
「先生って、彼氏はいるの?」
「そうね、最近、別れちゃった。」
「そうなんだ。いろいろあるんだね。私、気になっている人がいるんだけど、話すきっかけがなくて、どうすればいいのかな。考えても、わからなくて。」
「どんな人なの?」
「高校の同じクラスの男の子。私は、アイドルの踊りとかクラスの後ろでやってるんだけど、その人は、勉強ばかりしていて、いつも前の方に座ってるし、なんか話しづらくて。」
「そうなんだ。その人って、勉強しかしていないの? 部活とか?」
「テニス部に入ってる。」
「じゃあ、マネージャーとか、テニス部に入部するとかは?」
「私、あんまり運動とか得意じゃないし、テニス部って、マネージャーはいないみたい。でも、その男性が練習してると、人気があるみたいで、ネットの後ろで10人ぐらい後輩の取り巻きがいるの。だから、その男性に近づける雰囲気じゃないんだけど。」
「そうなんだ。でも、同じクラスなんだから、近づけるチャンスはいっぱいあるんじゃない? 例えば、授業の内容について教えてとか。」
「それは、ありね。私、こんなに勉強できないんだって、馬鹿にされちゃうかもだけど、彼が優越感を感じてもらえるかも。そして、同じ部屋で勉強しようとか。」
「メタバースなら、襲われることもないって親も安心できるし、いいんじゃない。まずは、行動してみないと、何も始まらないわよ。」
「頑張ってみる。」
その数日後、その学生の目は腫れていたので、声をかけてみた。
「どうしたの?」
「彼に声をかけたら、もう付き合っている子がいるって。もうだめ。」
「彼女って、どんな子なの?」
「テニス部の同じ学年の女性だって。」
「それは難しいわね。でも、奪い愛ってのもあるわよ。」
「先生って、そういうのに詳しいんですか?」
「私は、そういうことしたことないけど、女の涙を使ったことはあるわよ。」
「どういうこと?」
「昔、大学の頃に付き合っていた彼がいたんだけど、なんとなくすれ違うことも多くて別れちゃったの。多分、彼は自由にして欲しくて、私が拘束しすぎちゃったんだと思う。男女って、相手から離れるベクトルを持つ人と、相手に近づきたいベクトルを持つ人がいるのよ。それで、お互いに離れるベクトルどうしとか、お互いに近づきたいベクトルどうしだと上手くいくけど、これが違うと、近づきたい人は寂しく思うし、離れたい人は相手が重いとなる。」
「なるほど。」
「だから、私は寂しいって、いつも彼の横にいたの。でも、彼は、もっと自由にして欲しかったのね。だから、私のことが重荷に感じったのかな、彼から距離を置かれるようになって、いつの間にか自然消滅っていうか、別れちゃった。」
「で、どこで女の涙を使ったんですか?」
「それでね、5年ぶりぐらいかな、久しぶりに会おうって連絡したら、そうだねとなって会ったの。でも、彼とはさっき言った相性だから、よりを戻しても、また彼が私のこと重く感じて別れちゃうんじゃないかって心配だったんだ。だけど、私も少しは大人になったし、もう1回、チャレンジしてみようと思って。そこで、涙を流して、よりを戻したいって伝えたの。」
「それで、どうなったの? この前、彼とは最近、別れたとか言ってたし。」
「実は、ある女性が彼のことが好きで、彼を奪おうと私のことを殺そうとしたのよ。そして、私の体はバラバラ。その女は、警察に捕まったんだけど、私は現実世界では、もう体がないの。こんな女性なんて嫌でしょ。だから、悲しいけど、彼とは別れることにしたの。だから、私は略奪愛とかしたことないけど、された経験があるってこと。」
「先生、大変だったんですね。びっくり。でも、彼には、まだ気持ちはあるけど、警察に捕まるようなことまでしたくないし・・・。」
「そんなことをしたらなんて言ってないわよ。例えば、毎日、唐揚げとか、お弁当に足せるおかずとか作って、毎日どうぞって渡して、胃袋を掴むとか、色々あるわよ。少し、悪どい方法だと、人気の男性から、今カノを誘わせて、別れさせるとか。」
「先生って、見かけよりも悪なのね。」
「そんなことないって。誰でも、本当に好きな人ができたら、なんでもするのよ。女って、そんな生き物だもの。」
「考えてみる。先生、ありがとう。」
私って、こんな相談にのるのは大好き。だって、自分には関係ないから、結構、過激なことも言えるし、あくまでも塾の先生で、生活指導とかの責任もないから、単なる先輩としてのアドバイスだもの。
でも、最近は、生理とか体の制約から解放されて、少し、考え方とかも変わったような気がするの。一番、大きいのは、あまり寂しいとか思うことが少なくなったかも。気のせいかしら。
そして、こんな仕打ちを受けたことに関係するのか、罪悪感とかも感じないようになった気がする。昔だったら、女子高生に略奪愛なんて進めなかったんじゃないかと思う。
でも、略奪愛とか、どうしてダメなの。好きなものを欲しいって言ってるだけじゃない。たとえ既婚者であっても、奪っちゃダメなの? よく言うじゃない。家を買うときに、3回目にやっと気に入る家に出会えるって。
だから、結婚も、初めての結婚をずっと続けることがいいかはわからないのよ。そもそも、若いときに相性が良くても、子供ができたりして環境が変われば相性も変わる。だから、一緒にいてほしい人も変わる。
この時代でも、女性は生きづらいのは変わらない。特に、シングルマザーとかで、昔の夫が貧乏で慰謝料とかもらえないと大変。だから、女性として家庭を壊さないようにしてほしいという気持ちはよくわかる。
でも、こういうことって、社会がサポートすべきなんじゃないかな。20代後半で結婚して、旦那と会話もなくなった状態から50年も一緒に過ごすなんて最悪だもの。
健康に問題がないおばあちゃんなんて、私達みたいに若い人よりたくさんいるんだから、そういう人が子供の面倒を見て、若い女性が働けばいい。どうして、そんなことが実現できないんだろう。
まあ、私は、もう子供ができないし、現実世界で体がないから結婚できるかもわからないし、焦らず、私がいいって言ってくれる男性と付き合うことができればと思ってる。
拓人は、現実世界も大切みたいだから、メタバースで会えればいいって言ってくれる別の男性を探さないと。まだ人生、これからなんだし。
でも、そもそも、最近は、男性といたいとか思わないんだけど。もう体がなくて、子供を作れないとか関係してるのかな。人間は自分が考えてるつもりだけど、実は腸とかが脳をコントロールしてるっていうものね。
子宮もなく、内臓もなく、心臓もないなんて、私は、どんどん女性じゃなくなって、人間としての考えもなくなってしまうのかも。今は、脳も女性ホルモンとかで女性らしい考えをするんだろうけど、これからわからないものね。
私は助かったけど、これから生きていく私は、なんなんだろう。
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