第9話 莉子

 聡から莉子も海外旅行に誘われたんだって。なんか、こんな狭い世界で二股とかしちゃうと、すぐにバレると思うけど、よくやるよね。


「聡、私、スペインに来てみたかったんだ。特に、ヨーロッパの中世都市って感じのトレドの写真があって、興味があったの。誘ってくれて、ありがとう。」

「莉子に喜んでもらえたら、それは嬉しいな。じゃあ、今日はトレドに行って、明日はアヴィラに行ってみよう。どちらも中世都市って感じで気にいると思うよ。」


 聡は、スペインに来たことがあるようで、マドリードから電車でトレドに向かった。現実世界では、駅では英語はあまり通じずにスペイン語になると聞いてたけど、ここはメタバースだから、切符を買う時も日本語で通じる。便利ね。


 また、飛行機で16時間とかかからないのもメタバースのいいところ。本当に楽だわ。空港で彼が来るかしらなんてハラハラするような情緒はないけど、飛行機が墜落することもないし。今回は、マドリードの駅からスタートした。


 電車からは、平地が見えてたけど、トレドの近くになると山みたいものも見えてきたわ。だいたい1時間ぐらいだったから、近いし、聡と話せるのは楽しい。あれはなんだろうとか、風景を見てるだけでも、一緒にいられる時間は楽しい。


 男性と旅行なんて初めて。最初、聞いた時はドキドキだったけど、聡は絶対に彼氏にしたいし、今回は、思い切って、いいよって言ってみた。そして、一緒に行くと決めた日からは、気づくと、どんなことがあるのかって、聡のことばかり考えている。私って、どうなっちゃたのかしらって感じ。


 私は、製薬会社の研究所で、毎日、試験管と悪戦苦闘している。ある液体が入った100本の試験管に、100の別の液体を入れて反応をみるって感じ。


 メタバースの職場で作業指示をして、現場ではロボットが動いて化学反応をみる、そんな職場かな。間違って爆発したり、有毒ガスが出ても、私には被害はない。まあ、私は、そんなミスはしないけど。


 こんな地道な苦労の上に、画期的な薬ができるんだとわかってるけど、作業する方は、やっぱり単調すぎて、めいっちゃうことが多い。


 でも、そんな生活の方が私に合っていると思う。沙由里のように、派手な服を着て明るく振る舞うことは苦手なの。服は、できるだけ無難なものを選ぶ。50歳ぐらいのおばさんみたいねって友達に馬鹿にされることもある。


 分かってるのよ。メガネもかけてるし、なんかチビのガリ勉みたいとか。でも、これは私の性格ってものもあるんだけど、もう一つ理由がある。


 昔、そうはいっても、男性と付き合う経験もした方がいいと思って、なかなか出会いもないし、マッチングアプリに登録してみたことがあるの。そして、ある男性から声がかかり、付き合ってみることにした。


 エリートらしくて年収も高いからって、毎回、高級レストランに連れていってくれたの。そして、自慢話しにも聞こえたんだけど、いつも、俺は、こんなプロジェクトで仕事してるんだとか話していて、すごいなぁって、こんな人と一緒ならなんて考えていた。


 そうしているうちに、彼から、もう付き合っているんだから、マッチングアプリなんて不要だね。お互いに退会しようって言われたの。


 そうかもねなんて考えていたら、マッチングアプリを運営する事務局から連絡があった。彼は、複数の女性に声をかけ、自分は退会せずに、相手を退会させて肉体関係を持ち、ずっとセフレとして遊んでいる人だと複数の女性からクレームが来たんだって。


 そして、1年とか付き合って、そろそろ結婚しようと女性から言っても、親の事情とかいろんな言い訳をいって、今の関係を維持しようとする。


 彼から結婚する気があるなんて一言も言ってなかったし、給料も多いとか、話してることは正しかったから、結婚詐欺にできないんだって。


 ただ付き合っているだけのように聞こえるけど、彼の目的は、複数の女性と体目当てだけの関係を続けているってことだったらしい。


 ある時、女性が、彼がまだマッチングアプリの会員だったと気づいて、その事務局にクレームしたんだって。そしたら、その他にも少なくても4人の女性が同じ扱いを受けたってわかり、彼は強制退会させられた。


 事務局は、私に、彼との関係を継続するかはお任せするけど、まずはこの事実を連絡するから、今後のことは一切、責任はないと言っていたの。


 私は、そこまでの関係になっていなかったから良かった。もちろん、すぐに、彼はブロックしたわ。でも、このことをきっかけに、男性が信じられなくなっちゃったの。だから、できるだけ、男性の目にはとまらない格好とか素振りとかしてきた。


 でも、あれから時間が経って、男性への不信感も薄らいできたし、男性と1回も付き合わないのもどうかなって思うようになったの。もしかしたら、ステキな男性だっているでしょ。


 そんなこと考えている時に聡と会ったの。聡は、そんな私を、普通の女性として見てくれた。


 最初は、メガネ取ってごらん、きっと可愛い顔だからと言う言葉だった。聞いた時は、何言っているのかわからなくて、聞き直しちゃったけど、久しぶりにドキドキした。


 そして、メガネをとったら可愛いくなれるのって鏡の前で過ごす時間が増えて、最後にはコンタクトにしてみた。そしたら、聡ったら、コンタクトにしたんだ、ほら、やっぱり可愛いじゃないって言ってくれたの。


 そして、次に、ポニーテールしてる髪型をミニボブとかにしてみたらと言われた。ミニボブってなに? どうして、聡はそんなことまで知ってるのって聞いたら、昔付き合っていた彼女から教えてもらったって。そんなことも、あるよね。


 で、ヘアサロンでカットしてもらった。次に会うと、聡は、ほら可愛くなるって言ったでしょって言ってくれた。


 私は、聡に認められたくて、いろんなことを調べて試してみたの。イヤリングとか、ネックレスとか、リップとかも。どんどん、可愛い女性になっていくのが自分でもわかったし、聡に褒めてもらうのが嬉しくて。もう、夢中になっていた。


 一応、製薬会社で働いていて、それなりにはお金はある。でも、沙由里のように下品じゃなくて、上品な女性になりたくて、これまで買ったこともなかった女性誌とかも買って、いろいろと調べたの。会社の同僚からも、莉子は、最近、変わったよねと言われた。


 こんなに私を変えてくれたのは聡。そして、聡は、私に、この世界に色があることも教えてくれた。聡が、いろんな話しをしてくれて、世の中に、いろいろなお花の色があること、夕日がきれいなことに気づくことができた。


 これまで、私の周りに色があるなんて考えたこともなかった。でも、現実世界で外を歩いてみると、お花もそうだけど、川の遊歩道とかでは木々が楽しそうに生い茂り、そこから太陽の木漏れ日がきれい。川では魚も泳いでいて、透明な水も太陽の光でキラキラしてる。


 こんなに、世の中って、いろんな色があるんだ。そして、聡のことをみると、後ろに高層ビルがあったり、夜景があったり、そんな当たり前のことが、どうして、これまで気づかなかったんだろう。多分、ずっと、下のアスファルトを向いて歩いていたんだと思う。


 また、聡は私を抱いて、女性としての喜びも教えてくれた。こんなに、魅力がどこにもなかった私を。暖かく包み込まれると、こんなに安心になれるんだって、初めて気づいた。


 一緒に過ごした夜、朝に聡の顔に朝日が照らされて、まだ眠たそうにしている姿も、微笑ましい。そんな些細なことも、キラキラと輝いて見えた。


 聡は、私の知らない、大規模開発とか、海外の事業とかの話しをしてくれたの。いろんな人が関係して、複雑な事業を進めていくってワクワクした。そうやって、世界は変わっていくんだって、それに参画している人がいるんだって知った。


 ここではいえないけど、政治家を巻き込んだり、お客さんから無理難題言われて、どうリカバリーしようかって大波乱の毎日なんてことも聞いた。それを仕切ってる聡はすごいと思う。私じゃ、できないものね。


 今日は、ニットコーデにしてみた。私のスタイルは少し子供みたいで、あまり自信ないけど、上品で清楚な女性に見えるように努力してみた。そして、上目で微笑んでいるのが、聡が一番喜んでくれるみたい。


 沙由里みたいに、華やかな女性が好きな男性がいるのもわかる。でも、それって、その場だけなんだと思う。それから何年も付き合って、結婚して一緒に暮らしてとなると、女性も、そんな派手な振る舞いは続けられないし、男性も飽きちゃうと思う。


 聡は、エリートだから上品な生活がしたいと思うだろうし、海外でのホームパーティーとか、そういう付き合いが多いんだと思う。そんな時に、ケバケバしい沙由里とかじゃなくて、落ち着いていて、上品な私の方が相応しいのよ。


 教養だって必要。沙由里は、大学出てるのって感じの学がない女性で、私は、狭い領域だけど研究職で、上流階級との交流とかもできると思う。


 聡は、私のそういうところを気に入ってくれてるのね。だから、沙由里じゃなくて、私を海外旅行のパートナーとして選んでくれたのよ。


 聡は、沙由里にも声をかけるけど、優しすぎるの。沙由里と一緒にいても、忙しい毎日の中で、落ち着けないじゃない。多分、冷たくしたら、沙由里が可哀想とか、場が壊れるとか心配してるんだと思う。本当に優しすぎるんだから。


 沙由里も自分の格とか考えるべきなのよ。バストだけが売りで、その他、取り柄なんて何もないんだから。いつも、バストで誘惑して、女丸出しで柄が悪いって思わないのかしら。フェロモン撒き散らして、気持ち悪くて吐きそうなんだけど。


 好き好きアピールをしていれば、いつかはゲットできるって思ってるのね。無理、無理。好かれるはずないのに。聡は疲れているの。だから、優しくほぐして欲しいのよ。これ以上、アドレナリン飲んだら死んじゃうでしょ。


 沙由里って、それなのに、なぜか私にマウントとってくるのよね。でも、聡は、私をスペインに誘っているんだから、もう私を選んでるのよ。私は、そんなゲスな攻撃なんかには屈しない。そんなこと言うまでもないわね。もう勝ってるんだから。


 トレドの街を聡とぶらつき、ヨーロッパの風景を楽しんだ。思ったより、道は狭く、戦いを意識したお城ということなのかな。スペインらしい絵皿と、水道橋が描かれた鍋敷きかな、そんなお土産に買ったの。明後日ぐらいに、東京の家に届くんだと思う。


 そして、マドリードに戻り、バルで飲むことにした。聡が連れて行ってくれたのは、ラ・カサ・デル・アブエロというお店。人気なのね、店内は、人で溢れている。


 小さな料理がいっぱいあって、ガヤガヤとしたところでお酒を飲むって、楽しいのね。日本だと、居酒屋って感じかしら。それよりもおしゃれなのがいいわね。


 こんな経験ができたのも聡のおかげ。聡は、私が知らないことをいっぱい経験させてくれる。聡といると、発見の毎日で楽しい。こんな男性がいるなんて、これまで思ったこともなかった。本当に、毎日、気づいたら聡のことばかり考えている。


 スペインって、夜8時ぐらいから飲むって感じで、少し時間がずれているみたい。聞き間違いかもしれないけど、フランス・ドイツとかの商業と合わせるために、そこと時間を合わせているらしい。だから、夜8時でもまだ明るくて、夜6時ぐらいみたい。


 メタバースでも、そこまでしなくてもとは思うけど、現地そっくりに合わせているから、時差も同じ。飲んでホテルに帰ったら、もう11時を過ぎていた。そうは言っても、聡が守ってくれるから、安心して飲めるわね。


 ホテルに戻り、窓から見た夜のマドリードの街並みは美しかった。そして、2人ともバスローブを着て、チーズとワインで語り合ったの。ずっと笑っていて、とっても楽しかった。こんな日々が、これからもずっと続くのね。


 でも、聡とは初めてじゃないけど、バスローブでなんて、今でも少し恥ずかしい。


 ところで、私は、早く子供が欲しい。できれば3人がいい。だって、子供たちがみんな、ずっと笑顔でいる家庭って暖かくていいじゃない。できれば、男の子1人、女の子2人がいいかな。母親から見て、男の子は可愛いって聞くし、1人は欲しい。


 そして、成人すると男の子は家に帰ってこないけど、女の子とは戻ってくるって聞くし、それなら、2人の女の子がいて、孫たちをいつも連れてきてくれる、そんな笑顔が絶えない家族だといい。


 そのためには、財力も必要だし、子供たちが頭よくなるためには、父親の遺伝子も良くないと。そういえば、聡は東大出身とか言ってたよね。男の子は、東大に行かせたいかな。そのためにも、聡の遺伝子は欲しい。


 今どき、学歴なんて関係ないって思うでしょ。基本はそうなんだけど、外資系企業が日本に参入する時で日本人を採用する時は、全く知らない人だから、安全面を優先して学歴は結構、見てるんだって。だから東大は今でも使えるのよ。


 そういえば、紗世も東大出身だけど、知り合いじゃないよね。大丈夫、知り合いでも、なんとなく、2人はお互いに関心なさそうだから。よくいうものね。東大の女性って、今時、綺麗な子も多いけど、気が強くて、男性には魅力ないって。聡から見て、紗世もそう見えているんだと思う。


 また、子供3人ってなったら財力も必要よね。3人を大学に行かせるためにお金もかかるけど、だからと言って、私の洋服をケチるとか、レストランに友達と行けないなんて嫌。聡には頑張ってもらわないと。


 もちろん、聡のことが好きなのよ。条件で選んでるわけじゃない。でも、条件も重要だってこと。沙由里には負けるはずないけど、絶対に、聡は私のものにしないと。いつからかはまだ分からないけど、この人の子供を産みたいと感じたんだから。


 女性のこの直感は重要なの。よく言うでしょ。女性は、好きな遺伝子が匂いでわかるって。遺伝子が合わない人の汗とか臭いらしいわよ。聡の服とかは、香水とかじゃなくて、本当に草原で太陽をいっぱい浴びた草のように、とってもいい香りがしたの。


 聡が務めている商社にも、聡に迫る女性がいるかもね。でも、今回、スペインへの2人海外旅行に誘ってくれたし、今日も私を抱きしめ、ベットで、横に寝ている。今日は、私のブラパンも褒めてくれた。とっても魅力的だって。


 私以外に、聡と結婚する人なんていないんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る