第2話 飲み会グループ

「かんぱ~い。」


 私は3年前の飲み会を思い出していたの。カレーライスを囲んで、7人の男女が乾杯した。おいしいお酒で一日の疲れを癒す会。ネットで募集があったイベントの1回目で、7人とも、会ったのは今日が初めて。


 昔と違うとすれば、メタバースでの飲み会という点かな。昔にARとかVRもあったけど、今は脳にチップを入れてるから、そのリアルさは半端じゃない。今日も、部屋ですれ違うと、実際には横にいないのに気配を感じる。


 今日は、7人の相性がわからないから、安くやろうとなり、メタバースにある私の部屋にみんなを呼んでみたの。この部屋は、現実世界の私の部屋をコピーしていて、4人がけのテーブルと、ソファーの前にコタツが置いてある。

 

 だから、今回は、4人と3人に分かれて、時々、席替えしながらホームパーティーのようにやってみたの。ただ、ここに呼んでも、現実世界の私の住所はわからないから安心ね。


 それぞれが、同じ有名レストランのレトルトカレーと、好きなお酒を用意して、それぞれのテーブルに置いているんだけど、それらは、私の部屋のテーブルに載っているって、全員には見えている。この人は梅酒サワー飲んでるんだなって匂いでもわかる。


 また、同じレトルトカレーだから、同じ料理を囲んで、カレーの味がどうだとかも会話できる。本当に、自分の部屋での飲み会って感じ。


 最近、ずっと好きだった彼と別れちゃって寂しかったから、飲み友達が欲しかったの。みんな、25歳前後で話しも合うと思うし。


「では、私から自己紹介します。私は木本 紗世といいます。紗世って呼んでください。今日は、私の部屋に集まってくれて、ありがとう。多分、女性の部屋にしてはさっぱりした部屋と思ったでしょ。でも、これって現実世界の私の部屋と同じ。私、ミニマリストなの。それで、IT会社でシステム開発をしています。なんか、自分を変えてみたくなって、今日は参加しました。そういえば、私は、リアル派です。よろしくお願いします。」

「次は、私ね。坂本 美鈴です。美鈴と呼んでね。紗世、今日は部屋に呼んでくれてありがとう。私、こんな部屋、好きだな。そして、私はアパレルで働いているの。なんとなく、気さくに飲める仲間が欲しくて参加しました。よろしくです。」

「僕は、南田 幸一。みんなと同じで幸一と呼んでもらおうかな。ヘアサロンに勤めています。日ごろで会えないようなメンバーと飲みたくて参加しました。仲良くしてください。」

「櫻井 健斗です。みんなと同じだと健斗ですね。塾の講師で、中学生を教えています。塾って、知らない人が多いと思うんだけど、子供のこと考えると、限界なく時間使っちゃうから、結構忙しくて、無理やり時間作らないと飲む機会が少ないんだよね。だから、この会に参加しました。よろしく。」

「私は、河合 沙由里。沙由里って呼んでね。この服って、知ってます? 20年ぐらい前に結構、流行っていたみたいだけど、ドール服っていうんです。可愛いって言ってくれたら、めちゃくちゃ頑張るので、よろしく。仕事は、ベンチャー企業の中で、採用とかしています。」

「霧島 莉子です。もう、いう必要ないですが、莉子と呼んでください。仕事は、製薬会社で、薬の研究開発をしています。日頃から地味って言われるんですけど、そんな自分を変えたいと思っている今日この頃です。よろしくお願いします。」

「最後ですね。僕は、北村 聡です。仕事は商社で都市開発計画とかを作っています。いう必要もないかもですが東大も出てます。聡って呼んでください。」

「じゃあ、時々、席替えもしますけど、周りの人と食べ始めましょう。」


 7人は、それぞれ賑やかに話し始めた。私の部屋は、いつもひっそりしていて、こんなに賑やかなのは初めてかも。


「紗世は、どうしてリアル派なの。アバターを別の顔やスタイルにする人も多いのに。」

「だって、今の顔やスタイルとか気に入っているし、リアルの世界で会いましょとなった時に、あなた誰ってなるのも面倒じゃない。私と同じ考えの人も結構いるんじゃないかな。みんなはどうなの? 全く別人だったりして。」

「秘密かな。」

「そうなんだ。まあ、アバターの顔を変えて、理想の自分になりたいという人も多いし、人それぞれだから、どうでもいいんだけど。」


 リアル派と言っても、実は髪の毛だけは、暑くないようにできるから、メタバースではロングヘアにしていて、思ってたより気に入ってる。でも、そこまで言う必要はないか。


 メタバースが普及する中で、そこでは自分の好みにアバターを変更できるから、容姿とかコンプレックスに思う人は少なくなったかな。アバターを変更するのって、メイクと同じでしょ。


 だから、メタバースを歩いていると、女性は美人ばっかりって感じ。私の背は、平均よりも少し高いから、メタバースでも同じにしているけど、背を高くしたい女性も多くて、なんか全体的には、私は背が低い感じになっている。


 アバターは完全に違うものから、自分の顔をベースにして場所によって少しアレンジするまで変更の幅は大きい。その中でも、肌を美肌にする人は多いかも。私も、30歳を過ぎたら考えようかな。


「私の職場はメタバースにあるし、食料品とかはメタバースで買って、家に届けてもらうという感じで、結構、メタバースで過ごしている時間が長いかな。ヘアサロンで働いている幸一は、現実世界でいる時間が長いのよね。」

「そうだね。なんか、知り合いからは、多くの時間を現実世界で過ごすって、太古の生活とか言われちゃっているけど、自分で選んだ職業だし、別に嫌いじゃないかな。」

「服のことといえば、メタバース用も買えるけど、下着から全て2つの世界用に揃えるのは面倒だし、現実世界で着ている服とシンクロさせてる人が多いって聞くけど、みんなもそうよね。」

「僕は、メタバース用に、何着かは用意していて、今日はシンクロモードじゃないんだ。では、今、僕は現実世界ではどんな服を来てるでしょうか?」

「違うんだ。何かな?」

「このメタバースでは、みんなと会うのは最初だし、結構、おしゃれな服にしてみたけど、実は、現実世界ではパジャマ着てるんだ。終わったら、即、ベットに行こうと思ってさ。」

「あ、ずるい。でも、それっていいわね。私も、今度から、そうしようかしら。」

「ところで、紗世は東京に住んでると言ってたけど、仕事もメタバースでするなら、山奥に住んでもいいんじゃない?」

「そうは言っても、現実世界で生きるために、ヘアサロンに行ったり、服はシンクロモードにしてるから、服のサイズとかをチェックするためにショッピングに行くとなると、東京に住んでるのは便利なのよね。頼んだものもすぐに届くじゃない。」

「確かにね。僕は現実世界で山登りとかするから山の近くに住んでるけど、不便もあるしね。」

「山登りするんだ。メタバースでエベレストの頂上に行くツアーとかあるって聞いたけど、本格的に山登りしている人には、やっぱり現実の山じゃないとねって聞くし。でも、現実世界で救助隊とか人不足らしいし、気をつけないとね。」

「分かっているさ。」


 こんな7人で、月に1回ぐらい飲み会を開催することになったの。


「次回はどうしようか?」

「バーチャルイタリアンのサルバトーレって、前から行ってみたかったんだけど、どう?」

「最近、話題のお店ね。私も行きたかった。行こうよ。」

「じゃあ、決まりだね。次回は、バーチャルイタリアンのサルバトーレということで。1人、ハーフボトル2本、Aコースで、合計8,000円にしようと思うけど、違う方がいいって人いる?」

「みんな大丈夫で~す。」

「じゃあ、僕が予約しておきます。」

「今日は、お疲れさまでした。次回も、よろしく。」

「じゃあね。」


 同期スイッチを頭の中で切ると、いきなり、この部屋には私1人だけになった。室温は暖かいし、ソファーなんて、まだ人の温もりがあるのに、なぜか、寒く感じられる。


 コップとかはみんなの部屋でそれぞれが洗うから、ここにないし、カレーのトレーや、空き缶は捨てるだけ。私が使ったコップとスプーンだけを洗っていたら、なんか今は1人だけしかいないって心に染みた。みんながくる前は、寂しいなんて思わなかったのに。


 シンクの蛇口から滴る水の音が部屋中に響いた。そして、時計の秒針の音以外、何も聞こえない。この辺に住んでる多くの人は、ベットの上で横になり、メタバースで友人、恋人、家族と話しているんだと思う。だから、動く音も、騒ぐ声も聞こえない。


 そして、私には、ここで一緒にいれる人はいない。さっきまで、多くの人がここで話していたのに、みんな、一気に自分の場所に戻るんだもの。


 大勢と一緒にいるということが問題じゃないのよね。彼と別れる前は、いつも、彼のことばかり考えていたから、彼から返事がない時とか苦しい時もあったけど、楽しかった。でも、今は、私の心には誰もいない。一人ぽっち。


 なんか、さっきまでは気づかなかったけど、照明が暗くなっているみたい。そろそろ交換しないと。


 窓からは、道路に沿って植えられた銀杏の葉が舞い落ちる寒々しい風景が目に入り、寂しさに飲み込まれそう。

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