葉磨き

さくらのあ

第1話

「そんなことをしたって、無駄だよ」


「雲を追いかけるくらい、無駄だお」


「雨に印をつけるくらい、無駄だにょ」


 誰になんと言われようと、あたしには、やりたいことがある。


「そんなことない!」


 三匹の妖精たちは、それでも食い下がる。


「だって、ボクには分からないよ」


「だって、あなたしかやっていないお」


「だって、みんな無駄だと思ってるにょ」


「それでも、あたしにとっては、世界一、大切なことなの!邪魔しないで!早くしないと、朝日が登っちゃう!」


 妖精たちは、互いの顔を見合わせると、やっと、去っていった。


「さあ、続き続き」


 ぱたぱたと、小さな水たまりまで飛んでいく。数日前の大雨も、すっかり土に吸われてしまって、もうここくらいしか、水は残ってない。


 水たまりに映る顔は、怒りで真っ赤になっていた。深呼吸をして、いつも使っている布を、ちゃぷちゃぷと、水たまりの上澄み、土の舞っていないところにつける。


「あたしは、葉を磨くんで忙しいんだから。まったく」


 磨きかけの葉まで飛んでいって、葉に乗せてもらい、濡らした布でゴシゴシと、葉を磨く。葉脈に沿って、満遍なく、濡れるように。


「このしなり、この葉先の尖り具合、この高さ――この子は間違いなく、逸材だわ!」


 去ったはずの妖精たちが、様子をうかがっているのを、きっと睨みつけて、邪魔をしないよう念を送る。


 もうすぐ、夜明けだ。


 夜が明けて、磨いた葉が、きらきらと光る。さてさて、今日はどの子が一番早く、音を上げるかしら。


「おっ、あの子が早そうね」


 たくさんの葉を磨いたから、ちゃんと見ていないと。あの子が早いって決めつけちゃうと、他の子を見逃してしまう。


「お、お、おぉ……」


 垂れ下がった葉の先っちょに、薄く張った水が、少しずつ、集まり始める。そして――。


 ぽたっ、と、落ちる。


「くぅ〜〜〜〜!!!!尊死!!!!」


 あたしは死んだ。死因は、尊すぎたこと。でも、こんなところで死ねない。だって、他の葉もまだあるんだから。


「……ねえ、デューモ。やっぱりおかしいよ」


「でも残念!太陽的に、あの子が落ちるのは、もうちょい後の方がよかったなー。水で濡らしすぎたわね。でも、濡らしすぎると雫も落ちないしなー。難しいところよね」


「デューモ、デューモ。そんな性癖、誰も理解してくれないお」


「ちょっと待って。――あの子、落ちそうじゃない!?今のもよかったけど、あの子もすごそう!」


「デュ、デューモ……。一緒にごはん食べるにょ。その葉に実ってたりんごだにょ。三人がかりでやっと運べる、おっきなりんごだにょ」


「ご飯食べなくても三日くらいはいけるっしょ!でもだめ。葉磨きからしか得られない栄養素があるの、これは毎日摂取しないと死ぬの、 それも一日のうちで今しか、摂取できないの!!」


 まばたきすら、している暇はない。雫が落ちるのは一瞬だ。一瞬たりとも、目を逸らせない。この目が乾いて痛むのすら、興奮する。


「本日二滴目ヒャッハー!!!!」


 あたしがどうして、葉を磨くようになったのか。どうして、葉磨きが好きになったのか。それにはふかーいわけがあるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る