雷帝公戦録

@rasendrache961

第一章 雷撃の青年

1-1 雷を操る青年

 気が付いたら幼い少年は石造りと鉄格子の一室に閉じ込められていた。


「おら食え」


 時折与えられるのはマズいパンと汚い水。

 それでは足りず、常に空腹で喉は乾いたまま。幼い少年にはとても堪える。

 否、大人であったとしても共食いを真剣に考え始めるくらいには、そこは居心地の悪い場所であった。


「旦那、こいつホントに売れるのか? 五歳のガキだぜ。しかも男。なんか元気ねえしよぉ」

「初日にうるさく泣きわめくから散々ぶん殴ったらこうなっちまったんだよ。こんなんでも売れる時は売れる」

「物好きがいるのか。で、こいつ何やったの? 盗み?」

「犯罪奴隷じゃない。食い扶持に困った家族が末っ子を売りに来たんだよ。買い叩いてやったけどな」


 何がおかしいのか、少年をここに閉じ込めてる男達の笑い声が響く。


「ま、いいから決まった時間に飯と水やって、死んでないか確認しとけ」

「こんなんじゃすぐ死にますよ」

「死んだら死んだ時だ」


 少年は、死を待つばかり。








 ある日、その場所へ一人の人物が訪れた。

 とんがり帽子にオーバーサイズなローブを着用した可愛らしい童女だ。長い黒髪は毛先が波打っている。


「あ? なんだお前」

「客じゃ」


 見た目通りの可愛らしい、しかしどこか芯の通った声だった。


「おいおい、ガキにしか見えねえぞ。金持ってんのか」

「ほれ」


 童女は革袋をテーブルの上に置いた。

 男達が中身を確認すると、なるほど相当な金額が入っている。


「こ、これは失礼。どのような奴隷をお求めで?」

「既に決めておる。五歳ぐらいの男の子がここにおるじゃろ? いくらじゃ」

「20万ゴル」

「5000ゴルで買い叩いたにしては高くないかの?」

「ちっ、何でそんなことまで知ってんだ。いくらにしろって」

「適正価格。そうじゃな、2万ゴルか」

「あ? 適正価格は5万ゴルだろ」

「つけあがるな、この小さな館ごと吹っ飛ばすぞ」


 撒き散らされた殺気と魔力の気配に男達は動きを止める。


「手抜き仕事の分、値引かれるのは仕方なかろう?」

「足元見やがって」

「嫌な思いをしたのならこれからは真面目に仕事することじゃな」


 童女は金を支払うと、少年のいる部屋の鉄格子の前に立つ。


「生きておるかの? 少年」


 少年は返事が出来なかった。


「ひとまずここを出るとしよう。ついてこい」


 鉄格子が開けられる。

 それでも少年には動く力がなかった。


「けっ、駄目だなこりゃ。完全に弱ってやがる。嬢ちゃん、諦めな」

「仕方ないのう」


 童女の魔力が高まり、放射される。

 周囲の汚れが一瞬で消し飛ばされた。少年とその服を含めて、だ。しばらくして、少年の手足には力が、心には気力が戻ってくる。


「嬢ちゃん、何をした」

「奴隷商の看板を掲げるならこれぐらいの魔法は使えるようにするものじゃ。少年、出られるかの?」


 少年は立ち上がり、童女の下へ移動する。


「奴隷魔法は」

「そんなものはいらん。余計な代金を取ろうとするな」

「けっ。嬢ちゃん、人舐めてると後で痛い目見るぜ」

「訳あってこんなナリじゃが、わらわはお主の三倍以上は生きておるぞ。嬢ちゃんではないわ」

「え? 三倍だと? おれは48だぞ」

「50だろうが100だろうが誤差じゃ。三倍以上に嘘はない」


 堂々と言い切り、童女は少年を連れて店を出た。


「助けて、くれたの?」

「一応はそういうことになるかの。ただ、博愛精神やら慈善事業やらではない。ちゃんと目的あってのことじゃ」

「目的?」

「少年、わらわの教え、いやこれだと宗教になるのう。んー、流派か。”雷撃流”の弟子となれ」


 難しい言葉は、教育もあまり行き届いてない五歳の少年には理解できないもの。

 だが、童女が述べたそれは頭の中にしみ込んでくるかの如く、その意図するところが読み取れた。


「弟子?」

「そうじゃ。わらわが今日からお主の師匠じゃ。師匠と呼べ。雷を始めとする魔法全般、武芸、狩り、生存に必要な技能、基礎教養、閨の作法、人の率い方その他。お主の努力次第じゃが、世界最強の流派の全てをくれてやる」


 少年は他に行くアテはない。

 疑問はあれど、異は唱えなかった。


「その後は?」

「その後? お主の好きにせよ。自由に生きよ」

「それじゃ師匠、得しない」

「かっかっか、そうさなぁ、わらわは弟子の生き様を見るのが好きなんじゃ。お主は面白おかしく生きてくれそうでの。それこそ、世界をひっかき回すような大物になりそうじゃ」

「どういう、こと?」

「ちゃんとわらわも得するのじゃ安心せい。っと、お主。名前は?」


 名前。

 少年は名前を必死に思い出そうとしたが思い出せなかった。


「覚えてない」

「仕方ない、わらわが名付けよう。そうじゃな、リック」


 童女―――師匠は笑う。


「今日からお主はリック、世界最強流派”雷撃流”の継承者じゃ」










 十三年後、4192年2月11日。

 人里から離れた、雪に覆われた山奥。

 その獣道を走る影が一つ。


 それは牛を凶悪に巨大にしたかのような魔物、ブルオクセだった。

 自然魔力から生まれる魔物は、動植物と異なり強力な能力を持つ。

 このブルオクセは巨体、森の中、雪の上という走りづらい環境でも、強い脚力と小刻みなステップによる走破性で圧倒的な速度を実現していた。


 もし常人がその突進を受けたら、気が付いたら空を舞っていたとなるだろう。

 突進の威力を考えれば、正確には気が付いたら死んでいた、あるいは木っ端微塵にされていたと表現するべきだが。


 耐久力も高く、遭遇したくない魔物の一つとして有名。

 その強さは一匹だけでも城塞都市を正面から破壊しうるほど。たとえこれを倒せる自信があっても、積極的に狩りに来る者はいない。


 だというのにそんなブルオクセは今、恐怖に飲まれ全速力で逃げていた。


 怪物を狩りの獲物とするような、信じがたい存在から。


「見っけッ!」


 一人の青年が魔力を全身に巡らせ、その身体能力を高めて迫りくる。

 険しい山の雪道をものともせず、木々の枝々をも利用した不規則な軌道で駆け抜け、すぐにブルオクセに並んだ。


「おーおー、生きの良いことで」


 ブルオクセとしては加速して振り切りたいところだが、既に速度は限界。一方で青年にはまだ余裕が見える。


「じゃ、これで終わりだ」


 青年の手に魔力が集まると、それは雷撃に変じた。

 青年がその手をかざせば、ブルオクセは雷撃に包まれ全身を焼かれる。そのまま絶命。


 走ってた勢いのまま転倒し雪の斜面を滑り落ちていったが、すぐに木の幹に激突して止まった。


「ふぅ、朝食調達完了っと」


 不意遭遇で逃走されてしまったことを除けば、瞬殺も同然。

 凶悪な魔物を簡単に仕留めたこの青年は、奴隷として童女に買われ弟子となった少年リック。

 その現在の姿であった。








 リックは仕留めたブルオクセを背負うと、元きた方向へ戻る。

 やがて見えてきた木造家屋が今のリックの家だ。山奥ゆえ不自然にぽつんと一軒だけ建っており、周りに建物はない。


「師匠ー、仕留めてきたぞー」


 解体兼調理部屋に死体を置きつつ、声をかける。

 しばし待てども反応はなく。


「ちっ、あの師匠」


 リックは舌打ちすると寝室の一つへ向かった。

 目的の童女は予想通りベッドで寝息を立てている。


「起きろ師匠」


 容赦なく揺さぶると、師匠は欠伸をしながら目を覚ました。


「なんじゃ騒々しいのぉ、リック。寝かせておくれ」


 服装こそ簡素なシャツとスカートだが、服装以外は出会った時の姿と瓜二つ。

 童女ではない、と本人が主張する通り、精神・実年齢は得体が知れない。


「師匠が今朝はブルオクセが食いたいつったんだろ。雷撃ぶち込むぞ」

「ほう? わらわに勝てる気かの? 免許皆伝をくれてやったとはいえ、本気でやればリックに負けはせぬぞ」

「はいはいその本気が出せるならどうぞ? 今の師匠は化身とやらで本気が出せないんだろ?」

「むぐぐぐぐっ、これでも師匠じゃぞ。少しは敬え」

「敬ってるよ、でなきゃ朝から雪山を探し回ったりしない」


 寝ぼけてる師匠を抱えて解体調理部屋へ。


「ふぁぁ、久しぶりにリックの解体技術を見せてもらおうかの。しばらく見ることもないじゃろうて」

「なあ、本当に出ていかないと駄目か、俺」


 刃物を取り、解体作業に入りながらリックは問う。


「リックが出ていきたくないとゴネたら、今のわらわに拒否する術はないがの。リック、お主もう十八歳じゃろ。ここへ来て十三年。良い歳じゃ。雷撃流もわらわの予想通り、完璧な形で継承した。そろそろ師匠離れし自由に生きよ」

「ついてきてくれないのか?」

「そう不安がるな。今のお主ならわらわがおらずとも大丈夫じゃろ。それに、言ったであろう? 師匠に自慢話一つ出来ない間は半人前だとな」


 沈黙。

 解体作業の音だけが響く。


「分かったよ、何かやってみるよ」

「その意気やよし。手始めに大陸の頂点、そうだな、皇帝でも目指してみよ」

「それは無理だと思うが」

「なんじゃい、夢がない」


 解体が終わった肉を焼く。脂が溶けるのでそれで良い感じに焼き、皿に盛った。


「出来たぞ」

「うむ、良い手際じゃ。ブルオクセは狩るには大変じゃが、取れたて解体したて焼きたてのこいつは大陸で一番美味い肉といっても過言ではない。千年前の古代シュタイン帝国の皇帝は、これを食べるためだけの街を作ったほどじゃ」

「出たよ師匠の作り話」

「嘘じゃないわい、その皇帝の料理長はわらわの弟子ぞ。リックと違って雷の魔法の才能はあまり無かったがの」

「一番重要なもの継承してねえじゃん」


 話ながら食事を終える。

 今日が最後、というわけではないが、少なくともしばらくはこんな機会もないだろう。

 片付けを済ませたら、出発の準備をする。

 ナイフ、剣、衣類とバックパック、多少の道具。足りないものは魔法で何とかするか、魔物か森から取るので、この程度でも問題はない。


「そういえば師匠、名前なんだっけ。長くいたのに知らないんだが」

「はて、そうじゃったかの?」

「せっかくだから教えてくれ」

「そうじゃな」


 童女は少しためらった後、名乗る。


「”金色の弓矢”イシュタル。誰も知らぬ名じゃろうがの。これでも昔は有名だったんじゃぞ」

「いつの話?」

「三千年くらい前かの。南東の大陸オーサルトでの」

「その昔話は信憑性が無さすぎる」


 十三年前、死を待つばかりだった少年はイシュタル師匠曰く”世界最強流派”であるところの雷撃流を継承し、力を得た。

 そして今、どこへ向かうともしれぬ旅に出る。


「行ってきます」

「うむ、行ってこい」


 リックを見送った童女は一息つく。そして人の悪そうな笑みを浮かべ、小さく呟いた。


「世界をひっかき回せ、我が弟子よ。安定を失いつつある今の時代は中々にお主向きだぞ?」

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