第2話 吸収(アブソーブ)

「なんで、だと?……本当に記憶を無くしているようだな。これは親切心だが、我らヴァンパイアは今、一族の長をかけて互いに命を狙いあっている。これで『寝首を掻かれた』などと言い訳しても無効だ」


 なるほど、地獄か。

 この体になってしまった以上、アルカードや他の奴らにずっと命を狙われ続けるのかよ。今のままじゃ攻撃手段を持たないし、なんとかアルカードを味方に付けたいぞ。


「なあアルカード、もういいだろ? お前は俺を殺せないし、俺もお前を殺せない。体が元に戻るまでは一旦休戦としようぜ」


「俺様は……モルモの体になっても最強のヴァンパイア、アルカードだ。決心したぞ、自らの体を失ってでも『終』を仕留める!」


 アルカードは体中からどす黒いオーラを放っている。こいつはガチだ。何か、何かアルカードの決心を揺るがす一言を――――!


「あーあ……モルモ、悲しむだろうな」


「なっ……!」


 よし! 咄嗟の言葉だが、明らかに動揺している。アルカードがどうしてモルモしかしもべがいないのか。しかも、モルモは魔女だ、普通は信頼できる同種族か一人かを選ぶはずだ。


 そして、モルモは可愛い! 二人の関係、それは恋愛経験が無くても安易に想像できることだ。


「俺を殺せば、この体も消えて無くなる。お前は一生モルモの体で、二度とモルモと話すことができなくなるんだぞ!? モルモだって天涯孤独だ! それでもいいのか?」


「くっ……! しかし……!」


 思ったよりもヴァンパイアのプライド、というものは高いらしい。同種族で殺しあっているくらいだしな。

 アルカードが葛藤している内に、空が明るくなってきた。一体どれだけの時間消滅エリムを打ち続けたんだよ。


「話はまた明日だ……俺様は、モルモを……!」


 アルカードは膝から崩れ落ちた。

 薄々気づいてはいたけれど、俺もモルモと関係を持つことはできないんだなぁ。なんだか悲しくなってきた。……いいや、ここは異世界だ、他にも色々な種族がいるはず。可愛い女の子だって、いくらでも見つかるさ! ……くそ、寝顔も可愛いじゃんか。もう、不貞寝してやるからな!


 と、それから数十分しか経っていないはずだが。


「あーさーでーすーよ! 朝ですよアルカード様! こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまいます! そうなったら治しますけど……」


 そう言って頬を赤らめるところもいい。俺の数少ない睡眠を妨げられたことと、叶わない恋を追うのはつらいが、許そう。

 二度目の襲撃を乗り切ったと思うと、どっと疲れが襲ってきた。


「あと少しだけ寝かせてくれ。そしたら、城に戻ろう」


「わかりました! ではわたくしはそれを見守ってますね」


「寝れるか!」


◇◇◇


 本当にモルモは俺をじっと見つめていたようだが、なんとか寝ることができた。

 俺は眠い目を擦り、約束通りモルモと城へ向かった。


「ふー、やっぱりここが一番落ち着きますね!」


 いや、広すぎて落ち着かないのだが。

 俺はまだ寝室とこの大広間、玄関以外に行っていないのだが、少し探検してみようか。

 二人で住むには無駄に広い城、もしかすると何かいるかもしれないしな。


 俺は大広間から廊下をまっすぐ進んだ、突き当たりの部屋の戸を開けた。


「あー……? なんだテメエは?」


「やっぱいるじゃねえか! お前こそ誰だよ!?」


 鋭く尖った八重歯……こいつもヴァンパイアか?

 容姿は醜く、悪魔のようだ。俺と違って人間とは程遠い気がするが。


 それよりこの部屋はなんだ? 空になった大量の瓶の中に、一つだけ赤い液体の入った物がある。


「質問を質問で返すんじゃねェ。もしかしてテメエ、この城のモンかァ?」


 勝手に城に入り、部屋を物色する。こいつは確実に悪人だな。ヴァンパイアは敵、ということも忘れちゃいない。


「そうだ。俺は最強のヴァンパイア、アルカードだ! 死にたくなかったら手ぶらでさっさと出ていくんだな」


 悪いが勝手に名前を使わせてもらったぞ。いや、これから使うことになるのだが。


「テメエが!? あのアルカード!? ……ひゃっはははは、やっと見つけたぜェ! じゃあこいつを飲めばこのオレ、ヴォルガ様も最強に近づけるってことだなァ!」


「あ、アルカード様!」


 ヴォルガが赤い液体の入った瓶を棚から取り出すと同時に、モルモが慌てたように部屋に入ってきた。

 もしかしなくても、あの瓶の中身は……。


「モルモ、アイツが飲もうとしてるのは血液か!?」


「そうです! あれは人狼種ウェアウルフの血液で、ヴァンパイアが口にすると姿が獣に近づき、強化されるんです! しかもあの量、飲み干されたらいくらアルカード様でも太刀打ちできるかどうか……!」


「いいこと聞いちまったぜェ。人間種ヒューマンの血じゃないのは残念だが、テメエらを殺したあと、この城をじっくり探させてもらうぜェ!」


 そんな危ない物、鍵でも掛けて保管しておけよ!

 ヴォルガは下衆な笑みを浮かべた後、血液を浴びるように飲み干した。


「あ、あ……もう駄目です、逃げるしかありません!」


 モルモは俺の手を引き、部屋を飛び出した。

 最後にちらっと見えたが、ヴォルガはうめき声を上げながら獣のような姿に変貌していた。

 気持ち悪っ! とか言ってる場合じゃねえ!


「マデェェェエエエ!」


「うわあああああ!?」

「きゃあああああ!!」


 必死に城内を駆け回る俺とモルモを、ヴォルガはあちこちを破壊しながら倍くらいの速さで追いかけてくる。あっという間に距離を詰められ、死を確信した。


 だが、俺のためにもアルカードのためにも、モルモをここで殺させる訳にはいかない。


 頼む、十字架だけは壊さないでくれよ……!


 俺は両手を広げ、化け物の前に立ち塞がった。


「逃げろモルモ! お前魔女なんだから、なんか魔法使えるだろ!」


「わ、わたくし無能なので無理ですううう!」


「だったら外に走れ! こいつもヴァンパイアだから日光を浴びせれば――」


 ザシュ、という音が耳に響き、俺の右肩から先を地面に叩きつけられた。

 悲鳴をあげる間もなく、間髪入れずに左肩から先までも鋭利な爪で斬り落とされた。


「……ッ!」


 モルモは俺の復活を期待してか、勝ち目が無いと悟ってかはわからないが、声を押し殺して玄関へと走ってくれた。

 ……にしても両腕を切断していたぶるとは、なんて趣味の悪い野郎だ。反吐が出る。


サイゴハアアア、ドハデキメテヤルゼエエエエエ!」


 前言撤回。ヴォルガが趣味の悪い野郎で助かった。

 一度は死んでやるが、復活したらもうこいつの技は通用しない。実はアルカードに殺されたとき、一つ気づいたことがある。


破裂バーストォォォ!」


 勢いよく爆散した俺の体から、十字架が遠くまで吹き飛んでいった。馬鹿なこいつは俺の十字架を見つけられず、みすみす俺に殺されることになるだろう。何故なら、


 俺は一度受けた技が使えるからだ。

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