飛べない竜
@rintarok
第1話
「僕も飛べたらよかったのになぁ」
レオは呟いた。彼の体表は艶めく鱗に覆われ、青い瞳はギョロリと大きく、双眸の間あたりに二本の短い角が生えている。口からは鋭い牙がはみ出し、背から生えた二本の翼は空を想ってゆらめいた。地竜のレオは太く立派な脚を持っていたが、その代わりに体が重くて空を飛ぶことは出来ない。だから、住処の洞穴から空を見上げては、自由に羽ばたく鳥や飛龍達をみてうらやましいと思っていた。
「あら、諦めるのは早いんじゃ無い? だって私、コウモリっていう動物をしってるわ。あれはレオと似たような羽を持っているけど、器用に空を飛んでいるわよ」
青いふわふわの羽を震わせながら小鳥が言った。チッチと呼ばれている小鳥はレオの友人で、時折彼の巣穴にやってきては彼の角の間にとまって他愛無いおしゃべりをしていく。すこし肌寒い朝焼けの中で木の実を食べ、背の高い木の上で食休みをした後にここへやってくるのが通例だ。
「コウモリ。僕の巣穴にも時々やってくるよ。すごいよね、コウモリは羽毛がなくてもあんなに早く空を飛べる。コウモリにできることが、竜の僕にはできない。時々人間に出会うと、彼らは僕を見て驚いて逃げていく。でもすごく申し訳なくなるんだ。僕なんて空も飛べなければ火も吐けない。ただ地べたを走り回るしか能がない」
長い首をぐねんと曲げて項垂れる。角の間にいたチッチはバランスを崩して落っこちそうになり、慌ててパタタッと飛び立つとレオの手の上に止まった。
「もう、そんなふうに言わないの! もしかしてお腹が空いているんじゃない? たくさん食べて元気出さなきゃ」
「ご飯なら食べたよ。今日はたくさん果物が見つかったから、少し多めに取ってきたんだ。後で分けてあげる」
「わあ、ありがとうレオ! ……ってそれなら尚更、そんなに後ろ向きじゃダメだよ。今はまだ飛べないだけ。練習したらきっと飛べるわ。練習したことある?」
「ちょっとだけなら」
「ちょっと? それならただの練習不足かも。私だってヒナのときから羽をばたばたして沢山練習したんだから。まだ飛べない時から練習して、飛べる距離を伸ばしていくの」
「練習……」
「そう! ほら、羽を動かしてみて?」
背中から生えた一対の翼を大きく広げ、ぶわっと風を起こす。その風で吹き飛ばされたチッチは、地面をころころっと転がった。
「あ、ごめん、チッチ」
「大丈夫」チッチはさっと起き上がる。「わたしは端でみてるから、続けて」
チッチが巣穴の隅の方へいったのを確認してから、レオはもう一度翼を動かした。ばさ、ばさ、ばさ。翼が空気を打つたびに、巣穴の中に砂埃が舞った。
「ほら、もう一回!」とチッチ。
さっきよりも速く、力強く、翼を動かした。なんだか飛べるような気がしてきて、レオは巣穴を飛び出した。四本の脚で地面を力強く蹴り、青々とした草が生えた坂道を駆け降りると、だん!と大きな音を立てて精一杯ジャンプした。一生懸命動かした両翼は風を捉えることなく、重力に従い体は落ちていく。着地に失敗したレオはごろんごろんとボールのように坂道を転がり落ちると、顎から地面に突っ込んで停止した。
「ーーぷっ。あはははは!!」
空に響く笑い声。ひりひり痛む顎を手でさすりながら起き上がると、自分の上に影が落ちているのに気がついた。仰ぎ見ると、杖に腰掛けた男が快晴の空に浮いていた。金色の髪を肩まで伸ばし、耳には赤く輝くピアスをつけている。白いシャツに赤いジャケットと言う派手な格好の男だった。
「地竜が空を飛ぼうとしてら! 二日酔いでうんざりしてたが、面白いもん見れたなぁ。いやー、情けない竜もいたもんだ。ああ、おもしろ」
男はまた腹を抱えて笑い出した。
「……君は誰?」レオは聞いた。
ひとしきり笑い終えると、男は口を開く。
「俺のことを知らないのか? まあ、陰鬱そうな竜だもんな。外にもあまり出ないのか。俺は魔女の一族の、シシィだ」
「魔女! ちゃんと会うのは初めてだ。男の人もいるんだね」
「ぷ。本当になんも知らないんだな。魔女と言われてはいるけどその力は子に遺伝する。だから男が生まれれば、魔法の力は男にも遺伝するんだよ」
「そうなんだ。ねぇシシィ、君はその杖にのって、どこに行くところなの?」
「行くんじゃないよ、帰るんだ。家にね。昨日は女の子達と呑み明かしてな、もうフラフラだよ。あー、ねむ。でも地を這う竜が必死に空を飛ぼうとしているのが見れたから、たまには二日酔いも悪くないな」
「……満足してもらえたなら、よかったよ」
また笑うかと思ったが、シシィは顔をしかめた。
「プライドが高くて偏屈だったが、孤高な感じがしてかっこよかったよ」
「ーーえ?」
「俺が今までに会った竜は自信に満ちていた。そりゃ、あやうく食われかけたこともあるから嫌いだし二度と会いたいとは思わないけどさ。それがまさか、こんな卑屈で根暗な竜がいようとはな。一周回ってイラついてきた。さっさと帰るか」
レオが引き止めるよりも先に、シシィは杖を上手に操りまるで鳥のように空を駆けていった。あっという間に彼の姿は空に溶けて見えなくなった。彼が去っていった方角を、レオはじっと青い瞳で見つめていた。
「ーーレオ!」
彼を呼ぶ声に反応するのも億劫だったが、二度目に名前を呼ばれた時に、彼はゆっくり振り向いた。小さな翼を懸命に羽ばたいて、チッチが後を追ってきていた。
「レオ、大丈夫? 今の魔女でしょう? 何もされてない?」
「うん、大丈夫」
「そっかぁ。良かった! 魔女ってロクでもない人が多いって聞くから、どうしようかと思っちゃった。それより怪我してる」
「ん? ああ、鱗が少し剥がれただけだよ」
「痛そう。でも、あとちょっとだったね! 一瞬飛べたんじゃない?」
「……そんなことないよ。落ちただけ。やっぱり地竜に空なんて、飛べないよ」
「ううん! すごいジャンプだったわ! 飛べたんじゃないかって思ったくらい。きっと脚の筋肉が発達してるのね。でも羽の筋肉はまだ足りないんじゃない? 脚みたいに羽の筋肉をつけたら、もっと浮く時間を伸ばせるかも!」
「そう、かなぁ」
「きっとそうよ! ご飯をいっぱい食べて、できるだけ羽を動かして、筋肉をつけなきゃね!」
「うん。わかった。とりあえず今日は巣穴に戻ろう。少し疲れちゃった」
「そうね、果物でも一緒に食べましょ」
チッチはまたレオの角の間にとまった。レオはゆっくりと坂道を登り、巣穴に戻っていった。
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