トウキョウ・ローズ

マキシ

トウキョウ・ローズ

〇 場所不明・暗闇(時刻不明)

   一人の男が立っている。こちらに向かって、うやうやしく、ゆっくりとお辞儀をしてから話し始める。


(庭師):

「初めまして、皆様。私のことは、どうぞ庭師とお呼びください。

 これよりご紹介するお話は、トウキョウ・ローズと呼ばれている男性と、彼を取り巻く方々の物語です。彼をご存じない方のために、その名の由来についてお話ししましょう。トウキョウ・ローズとは、第二次世界大戦中、旧日本軍が行った作戦に由来いたします。旧日本軍は、第二次世界大戦末期、米英軍兵士たちの戦意をそぐため、当時まだ少なかった英語の話せる日系二世などの女性を雇って、米英軍兵士たちに向けた電波、『ゼロ・アワー』なるラジオ放送を発信しておりました。そこでは、当時米英で流行していたジャズなどの音楽を流して米英軍兵士たちの関心を誘いながら、彼女たちにこんな風に語らせていたとか」


〇第二次世界大戦末期のラジオ局・防音室らしき部屋(昼)

   一人の女性がマイクに向かって話している。ガラスで仕切られた奥の部屋には、他のスタッフらしき人達が見える。その中に庭師と同じ顔の男性も見える。


東京ローズの一人:

「米軍兵士の皆さん、こんなことをしていていいのかしら? 今頃、きっとあなたたちの奥さんや恋人たちは、他の男性と浮気しているわよ?」


(庭師):

「旧日本軍は、米英軍兵士たちの郷愁を刺激したかったようですが、彼らは、祖国から遠く離れた地で聞くジャズなどの音楽を、ただ楽しんだだけだったとか。そして、親しみを込めて彼女たちを東京ローズと呼んだそうです。中々のネーミングセンスだとは思いませんか? ただ、一方で悲劇も起こりました。東京ローズと呼ばれた女性の一人は、米国へ帰国後、東京ローズ裁判と呼ばれる国家反逆罪を問う裁判にかけられたそうです。しかし、そのお話はまた、別の機会に……」


〇現代のラジオ局・防音室(夜)

   向かい合って座っている二人の人物がいる。ガラスで仕切られた隣の部屋で、モニタに表示されたカウントダウンの数字を見ているスタッフの女性(庭師と同じ顔)が声を上げる。


(アシスタントディレクター):

「本番1分前です」


(庭師):

「お二人の内のお一人は、トウキョウ・ローズ。もうお一人は、シャンハイ・リリー。リリーさんは、台本らしきものを熱心に覗き込んでいらっしゃいましたが、ふと気が付いたようなご様子で、ローズさんに声をかけられました」


リリー:

「ローズ?」


ローズ:

「(ハッとした様子)

 ……ああ、ごめん、何?」


リリー:

「もう本番だよ。ボーっとしてないで」


ローズ:

「OK」


(庭師):

「いつものお仲間にいつものお仕事。ローズさんは、ラジオパーソナリティーのお仕事をなさっています。ご本人はアルバイトのおつもりらしいですが、この番組は、昨今、少々落ち目とも言えるラジオ番組の中では結構人気のある方なので、リリーさんを含め、周りのスタッフの方々は、ローズさんを大事なレギュラーとして扱っていらっしゃいます。ちなみに、ローズさんもリリーさんも、とても女性らしい外見をなさっておられますが、お二人とも男性です」


リリー:

「真夜中の花園へようこそ!

 それでは今夜も始まりますよ、ローズとリリーのミッドナイト・フラワーガーデン!」


(庭師):

「ミッドナイト・フラワーガーデンというのが、お二人で担当されているラジオ番組のお名前です」


リリー:

「今お送りしたのは、The Cardigans、I Need Some Fine Wine and You, You Need To be Nicer! ニーナのヴォーカルって、ほんとに素敵!」


(庭師):

「ラジオで話しておられるのは、もっぱらリリーさんです。

 リリーさんは、口から生まれたような方で、放っておくといつまでも話しておいでです。ラジオのパーソナリティーなどは、天職と申し上げてよいかもしれません。

 一方、ローズさんは、あまりお話しにならないですね。それにも関わらず、このラジオ番組の主役は、ローズさんなのです。認めていないのはご本人のみ。リリーさんも、他のスタッフの方々も、そう認めています。

 ローズさんが主役だという理由の一つは、ラジオで流す曲が、リクエスト以外では、もっぱらローズさんのお好みで選ばれていることが挙げられます。彼の選んだ曲は、いつもとても評判がよいのです。

 もう一つの理由は、リスナーの方から送られてくるメールに答える時、ローズさんは、リスナーの方が聞きたいと思っている答えを口にしてくれるのです。それは、必ずしもメールを出した方の喜ぶ答えではありませんが、大多数の人が聞きたいと思っている答えなのです。リスナーの方々は、ローズさんのお答えが聞きたくて、今日もラジオに耳を傾けるのです」


リリー:

「今日も、ローズに聞いて欲しい話があるって人からメールが来てるよ。

 こんばんわ、ローズ、リリー(こんばんわ!)、初めまして、私は今日子っていうの。今日、お母さんとけんかしちゃって……、私が悪いのはわかってるんだけど、お母さんたら、いつも一言多いんだもの……、私が子供なのかもしれないけど、あんまり謝りたくないの、だって謝ったらまたやかましく言われるかもしれないし……。でも悪いかな、とも思ってるのよね、どうしたらいいと思う?」


ローズの心の声:

「どこかで聞いたような話……」


リリー:

「あらあら、お母さんと喧嘩ね、よくあることよね! 私もこんなだから、お母さんからは、しょっちゅうお小言食らってたよ!

 ローズはどう?」


ローズの心の声:

「そこでこっちに振るか、まあいい……」


ローズ:

「そうね、私はお母さんが早くに亡くなっちゃってたから、お小言なんて言われたことないの。私もお小言っての、食らってみたかったかな。ちょっと羨ましいよ、今日子ちゃん。実はね、今日家を出てくるとき、息子と喧嘩しちゃったの。今日子ちゃんとおんなじね、うちの息子って時々頑固になるところがあって……、でもね、あたしのことを心配して言ってくれてるのは、わかってるのよね。

 あたしも口が悪いから、つい言い返しちゃったりもするけど、その度に悪いことしちゃったかなって思うの。あたしも息子に謝るから、今日子ちゃんもお母さんに謝ってみたら? どうせ謝んなくったって、口やかましいのなんて、変わんないでしょ?」


〇ローズ宅・菊朗(デイジー)の部屋(夜)

   菊朗デイジーが勉強机に向かっている。そばに置いてあるラジオからは、ミッドナイト・フラワーガーデンの番組が聞こえてきている。


(庭師):

「こちらは、ローズ宅にて宿題中の菊郎ことデイジーさんです。ついさっきまでぷりぷりしていましたが、今はラジオの前でニンマリ」


デイジー:

「しょーがない、今日のところはこの辺で勘弁してあげるかな、あたしもまだ親の脛カジってる身だしね!」

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