第9話 ステップアップ 1
その日からも、さおちゃんは毎日頑張っていた。初心者だったはずのダンスはライブに行くたびに上達していく。さおちゃんは毎日放課後には欠かさずレッスンをしているみたいだし、とても推しがいがあった。だから、わたしは彼女の所属しているグループ『シュクレ・カヌレ』が出しているさおちゃんのグッズは躊躇なく買った。
一応事務所としては『シュクレ・カヌレ』のことを推して行こうとするつもりはあるみたいで、事務所所属のアイドルの中では、一番たくさんグッズは作っていた。とはいえ、まだ駆け出しアイドルでさおちゃんの単独で出してもらっているグッズはアクリルキーホルダーと、アクリルスタンドくらいだったから、簡単にコンプリートすることができた。
3つくらい買っておいた方がさおちゃんは喜んでくれるかもしれないと思ったけれど、棚の上にズラリと同じ表情とポーズをしている親友のアクリルスタンドを並べているのは少しマズイ光景な気がして自重した。代わりに、一つ一つのグッズをたっぷり愛でることにしたのだった。
さおちゃんのグッズが家にあるのはもちろん嬉しい。けれど、普段学校やプライベートで見ているさおちゃんにフィルターがかかっているみたいな不思議な感覚にもなってしまう。何となく、普段のさおちゃんよりも距離を感じてしまうような気がした。それでも、身の回りにさおちゃんのグッズを置いているとほんのりテンションがあがって楽しかった。
わたしは学校から帰ったときとか、宿題を終わらせた後とか、寝る前とかに、ソッとさおちゃんのアクリルスタンドを撫でることが多かった。本物のさおちゃんとは違う、硬い感触が指に触れる。やっぱり撫でるなら本物の方が良いかな、なんて思いながら、ベッドに入った。
それから数日が経って、さおちゃんがわたしの家に遊びに来てくれた。
「わっ、これわたしのアクリルスタンドだ! 買ってくれたの!?」
さおちゃんは学習机の上に起きっぱなしになっていたアクリルスタンドを指差して、嬉しそうな声を出している。
それを見て、あっ、と声が出る。さすがに本人の前で、気に入って、普段使いをしていることがバレるのは恥ずかしい。ましてや、昨日寝る前に触って愛でていたなんて、とてもじゃないけれど言えない。
「か、買ったよ。一応さおちゃんのやつだったから、友達として集めとこうかなって……」
わたしは少し緊張したような声で返答した。
「嬉しい! ちゃんと推してくれてるんだね!!」
「ちゃんとアイドルデビューしたときから、ずっと推してるってば」
思っていたよりも、ずっと嬉しそうな反応をされたから困ったように笑った。
「でも、自分のアクリルスタンドを杏子ちゃんの家で見るのって、ちょっと緊張するかも……」
「そんなものなのかな? 自分のグッズなんて、いっぱい見る機会あるだろうし、緊張しなくてもいいんじゃないの」
まだまだ自分がアイドルになったことに慣れない様子のさおちゃんを見ているのは微笑ましかった。
それでも、『シュクレ・カヌレ』のメンバーとしてライブに参加しているさおちゃんを毎週見続けていると、パフォーマンスが上達していっていることはよくわかる。初めはぎこちなかった笑顔も自然になっている。元々可愛らしかったさおちゃんは、笑顔とかファンサービスとか、アイドルとして必要なものことを覚えていっていて、次第にファンを増やしていった。
さおちゃんの人気が出ていくのは嬉しい反面、ほんの少しだけ寂しくもあった。わたしのさおちゃんが、みんなのさおちゃんに変わっていっているような気がしてしまう。いや、まあ、元々わたしのさおちゃんでは無いけどさ……。
さおちゃんの人気に比例するように、『シュクレ・カヌレ』にも少しずつ人気が出てきた頃に、初めて握手会を開催することになった。わたしはさおちゃんのファンとして握手会の列に並びながら、前の人の声を聞く。
「俺、多分サオリンの一番最初のファンだけど、名前とか覚えてる?」
さおちゃんの愛称であるサオリン呼びをしているファンの男性のことは、わたしも何回か会場で見たことがあるから、本当にデビュー当初からのファンではあるのだろう。ただ、一番初めに推し始めたのはわたしなんだけどね……、なんてことを思って、心の中でマウントをとってしまう。
「しょー吉さんだよね。いつもありがとう」
ニコリと外向けの綺麗な笑みを浮かべながら、さおちゃんが答えていた。
「俺のこと覚えててくれたの!?」
「もちろん、いつも応援してくれててありがとう!」
「うわぁ、やば。ガチ恋しそうだわ」
「わたしはファンのみんなのこと大好きだよー」
「さおちゃんのそういうところ、めっちゃ好きだわ」
そんなことを言って、ファンの人は去っていった。
さおちゃんは、その後も答えるのが難しそうな質問をされても、表情を崩さずに、冷静に答えていた。まだ中学3年生だけど、もうしっかりと大人みたいに綺麗な笑みを作れるようになっている。わたしの知らないところで、さおちゃんはどんどん成長していっているみたいだ。さおちゃんがみんなに優しく受け答えをしているのは微笑ましかったはずなのに、なぜだかわたしの心はほんのりざわついていたのだった。
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