第5話 その日さおちゃんはアイドルを目指した 1
ところで、なぜわたしがあの有名アイドルミミミちゃんと一緒にさおちゃんの家に訪問することになったのか。辿っていくと、いろいろなことの発端は5年ほど前にまで遡る。中学生になったばかりの時に、さおちゃんがアイドルを目指し始めたときの話からしなければならない。
さおちゃんは中学生の頃にアイドルを目指すことになったのだが、始めるきっかけになったのがミミミちゃんだったのだ。その頃は、まさかさおちゃんがミミミちゃんと会うくらいにまで有名になるなんて思っていなかったから、なんだか不思議な気分になる。
その日も、いつものようにわたしの部屋に遊びに来て、さおちゃんはくつろいでいた。小学校低学年の時からの友達だから、もはやわたしの家には何十回遊びに来たのかはわからないし、わたしの部屋は半分くらいさおちゃんの部屋と化している。
「
さおちゃんがケーキを食べながら、わたしの部屋に置いてあるフォトブックをチラリと見て、ふむふむ、と頷いていた。
「ケーキ食べながら触っちゃダメだからね!」
「そんなことしないよ。わたしのことなんだと思ってるの」
「だって、昔ポテチ食べた手でわたしの漫画読んでベタベタにしてたじゃん……」
「いつの話してるの。あれは小学校入学したばっかりの頃でしょ! もうあんな端ない事しないよ!」
「ならいいけど……」
一応本人はそう言っているから、信用しても良いのだけれど、言葉を発しているさおちゃん本人の見た目が、中学生に上がっても小学生のまま時が止まっているみたいに幼いから、なんだか中身もまだ小学生のままみたいに思えてしまって、また同じようなことをするのでは無いかとヒヤヒヤしてしまう。漫画ならいいけれど、これは推しのアイドルのフォトブックなのだから、汚されるわけにはいかない。
先ほどから、さおちゃんがチラチラ見ている本は、わたしの推しのアイドル水島美々花ことミミミちゃんのフォトブックである。アイドルだけど、フォトブックを出すスタイルの良さから、モデル業もしていて、モデルとしてのミミミちゃんにも興味があった。もちろん、ステージ映えするルックスという意味でミミミちゃんのライブも大好きだけど、それ以上にいつも明るくて人を笑顔にしてくれるミミミちゃんの姿を見られるという意味で、ライブは行く価値がかなりある。
「ミミミちゃんのこと気になるの?」
「ミミミ? この子のこと?」
「そう。水島美々花の苗字の『み』と名前の『みみ』の部分で3回『み』が出てくるから、愛称がミミミちゃんって言うんだよ」
ふうん、と小さく相槌を打ってからさおちゃんはパラパラとフォトブックをめくっていた。
「このミミミって人と、わたし、どっちが好きなの?」
さおちゃんがわたしの瞳をじっと見つめながら、首を傾げる。
「え? いきなり何の質問!?」
さすがにミミミちゃんのことは推しているけど、リア友であるさおちゃんの方が好きなのは好きだ。だけど、そんなこと直接伝えるのは恥ずかしかった。
「さおちゃんとミミミちゃんは別ジャンルだから、好きとかそういう比較はできないよ」
内気なわたしには、友達に面と向かって好きなんて伝えるのが、少し恥ずかしくて結局曖昧に濁してしまった。さおちゃんは、そう、と少し残念そうにしながら紅茶を啜った。
「これ、ちゃんと淹れた?」
「え?」
「おいしくない」
さおちゃんがティーカップをガサツに机の上に音を立てておいてから、プイッと顔を背けた。
「そうかな。全然気が付かなかった」
「杏子ちゃんのそういう鈍いところ嫌いだよ」
「そっか。ごめんね」
紅茶の味くらいでそこまで言わなくてもいいのではないだろうかと思ったけれど、一応謝っておいた。
「別に謝ってほしいわけじゃないけど」
さおちゃんは頬を膨らませて、上目遣いでこちらを睨んできた。一体どうしてほしいのかわからずに、困っていると、さおちゃんが続けた。
「このミミミって人がどのくらい良いのか知りたいから、今度ライブ連れていってよ」
「え、良いけど、さおちゃんも興味持ってくれたなんてなんか意外だな」
ええ、と感情のこもらない返事をしてから、さおちゃんは再び紅茶を啜っていた。
「杏子ちゃんの好きな子のこと、ちゃんと確認しておきたいからね」
さおちゃんが窓の外を見ながら呟いた。さおちゃんも一緒にミミミちゃんを推したいという意味だろうか、なんて呑気なことをわたしは考えていたのだった。
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