第3話 ミミミちゃん 1

「ミ、ミミミミ、ミミミ、ミミミミミミミ……」

宙に投げ出されたスマホをなんとか掴もうとするけれど、うまく掴めない。まるで熱々のスマホを持っているみたいに、スマホをなかなか握れない中で、突然を連呼し出したわたしはきっと街行く人から変な人だと思われているに違いない。


だけど、それも今は許してほしい。そのくらい大変な人からメッセージが送られてきてしまったのだから。わたしはなんとか震える手でスマホを握りしめる。油断したら、今度は汗で滑らしてしまいそうなくらい緊張していた。だって、わたしにメッセージを送ってきた相手はあのミミミちゃんなのだから! 長年推していたアイドルから、直接メッセージが送られてきてしまったのだから!


もう一度落ち着いて、水島美々花、とフルネームでメッセージアプリに表示されている名前を食い入るように見つめた。本名水島美々花、愛称は苗字「ずしま」のと、名前「か」のを併せてミミミちゃん。超有名アイドルだ。


小学生の頃に、偶然近所のショッピングモールで彼女のライブを見て、すっかり心を奪われてしまった。年はわたしよりも1つだけ上。今は高校3年生。同い年くらいの子が頑張っている姿に格好良さを感じてから、8年弱の間ずっと推している。


ミミミちゃんとは、先日さおちゃんを介して一度会ったことはあったけれど、それはあくまでもさおちゃんのアイドル仲間として、偶然出会っただけ。ほとんど他人みたいなもだった。その数週間後に、いろいろあってメッセージアプリのアカウントを押し付けられるみたいにして教えてもらえたのだけれど、まさか本当にメッセージが来るなんて思わなかった。


教えてもらったアカウントは、完全にプライベート用なのだろうか、アイドルをしているときのミミミちゃんではなく、真面目そうな制服姿の少女が友達とカフェの前で写しているものだった。だから、アカウントの用途としては、普段アイドルをしているときの可愛らしい雰囲気ではなく、キリッとしていて麗しいアプリのアイコン上のミミミちゃんの姿を拝むために使うものだと思っていた。普段のアイドル衣装のときの可愛らしい雰囲気も素敵だけど、素の凛々しいミミミちゃんもとっても魅力的であり、どちらも本当に眼福である。ああ、どうしてミミミちゃんはそんなにも可愛らしくて魅力的なのだろうか!


……と、ミミミちゃんの魅力について語るのは一旦置いておいて、今大事なのはメッセージの内容である。一体わたしに何を伝えようと言うのか。いそいそとメッセージアプリをタップする。


『庄崎咲桜凛さおりをステージに引っ張り出すから、協力して! あなたにとっても悪い話じゃないでしょ?』

彼女のメッセージを見たわたしは、「いやいやいや……」と一人小さな声を出しながら、首を横に振った。


『無理ですよ。わたし、今ちょっと喧嘩中なんで』

それに、無期限で活動を中止している理由もわからないのに、わたしたちでステージに引っ張り出せるのかもわからなかった。

『そんなの知らないわよ。あなたたちの痴話喧嘩になんか興味はないから。わたしはただ、庄崎咲桜凛に小バカにされたまま逃げされたのが気に食わないだけよ』

多分、あのときカフェで出くわした時のことを言っているのだろう。


『別に、あれは小バカにしたわけじゃないと思いますよ……』

『されたわよ! 間違いなくあの子はこのわたしのことを歯牙にもかけなかったのよ!』

文面から苛立っていることがわかってしまって、少し申し訳ない気分になる。わたしの親友が推しに大変なことをしてしまっている……。


『あんたたちのイチャラブのせいで屈辱を味合わされたこっちの身にもなりなさいよ。簡単には許せないから、あんな舐めた態度の子はソロで舞台に引きずり出して、わたしのほうがアイドルとして優れてるってところをきちんと見せつけないと、気が済まないから!』


イチャラブについては身に覚えはないから、ミミミちゃんの行動の理由的に、さおちゃんの親友として話に乗っても良いのか怪しくなってくる。元々さおちゃんの推しをやめて、ミミミちゃんの推しに専念してしまったことからこのトラブルが始まっているわけで、ここでさらにミミミちゃんに加担をすると、いよいよさおちゃんがわたしのことを嫌いになってしまいそうで怖かった。


『水島さんが一人でやったらいいんじゃないですか? わたしはちょっと、加担できないです……』

『いいわけないでしょ。あなたにも来てもらうから』

『いや、来てもらうってどこいくつもりですか?』


返信をしていたら、スマホの画面が暗くなっているのに気がついた。目の前に誰かが立って影を作ったらしい。まさか、と思いながら正体を確認するために、恐る恐る顔をあげていくと、わたしの表情は固まってしまった。

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