その後暫く、学校帰りにその男から軽い訓練を受け続ける日々が始まった。

 尾行の仕方はさることながら、群衆の中での気配の消し方、咄嗟に矛盾の少ない噓を吐く訓練、山の中での行動訓練等が行われた。

 そうこうしているうちに月日は流れ涼太は高校一年生となったある日、或る打診を男から受けた。

「中国に行ってくれないか?」

「中国ですか?」

 今度外務省の主催で開催される日中学生交換プログラムに参加し、そこで衛星写真で判別できない細かな基地周辺情報を収集し領事に届けるという任務であった。

「これは実は政権与党の幹事長の肝煎りの計画でな、だから期間中はかなりの自由度であちこち行けるようにしたらしい。オマケに参加者に外交官相当権限が付与されるらしいから、そこまでリスクのある任務ではない。」

 男は更にこう言う。

「今回の交換学生が中国政府の情報員であることはもう既に特定されている。だからこそそれを見越して外交官相当権限があるんだろうな。」

 かくして、涼太は表向きは交換留学プログラムの一環として中国に飛んだ。


飛んだ先は上海であった。中国一の経済都市なだけあって町全体が明るい活気に包まれていた。交換留学としてのプログラムはそこそこに、時間を見つければ街をぶらつくふりをしながらちょっとした情報を大量に集める。特に噂話については根も葉もない噂も多いので、情報としては慎重な取り扱いがいるので少し神経を使う。

そうこうして数日たったある日、迷ったふりをしてかねての目的通りに基地の周辺をぶらついて色々な情報を取る。弾薬箱の積み方や外に出ている兵士の人数や表情から色々と察せることもある。

ところがとある瞬間、涼太は言明しがたい違和感に襲われた

「この基地は何かがおかしい。」

 そういう何とも言えないを無理やり言語化するなら「緩みすぎ」であった。

 人もまばら、車両も少なく、ガラ空きの倉庫もそこそこである。そして軍事施設とは思えないほど気の緩み切った顔をする兵士たち。警備隊に取っ捕まることぐらいは覚悟していたが、中にいる兵士と目が合ってもスルーされるのでかなり拍子抜けであった。

 その後何とか領事館の方に戻り、事の仔細を事情の知る防衛駐在官に知らせた。

 防衛駐在官はこれを知るとさっと青くなり、早口に「ありがとう。」と涼太に告げて「ああ、早く市ヶ谷に打電せねば。」と電信室に消えていった。

 日中武力衝突が発生したのを知ったのは翌朝のテレビニュースであった。

 その後涼太は他の留学生とともに領事館内部に中国警察による警備という名の軟禁状態に置かれた。実際領事館内では重要書類の焼却や邦人避難の手配などで大忙しであり、中国から出国できたのは一週間後の政府専用機による輸送であった。

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