6-7 ジェニーの手紙 3

 ニコラスは書斎に戻る前に、一度ジョナサンのいる部屋を訪れた。


「ジョナサンの様子はどうだ?」


「あ、ニコラス様。はい、ジョナサン様ならよくお休みになられています」


番を頼まれていたメイドが返事をする。


「そうか。なら俺が戻るまでジョナサンのことを頼む。もし、目が覚めてぐずって泣くようなら、書斎に連れて来てくれ」


「はい、かしこまりました」


メイドの返事を聞くと、ニコラスは書斎へ向かった。



書斎に戻ったニコラスは早速懐からジェニーの手紙を取り出した。封筒はかなりのあつみがあり、手紙の枚数が多いことが良く分かる。


「まさか、こうして再び手紙が貰えるとは思わなかった……。君は手紙を書くのが好きだったよな」


ニコラスの顔に笑みが浮かぶ。


ニコラスとジェニーはボニートで再会してから結婚するまでの間、何度も手紙のやりとりをして互いの気持ちを育んできた。

その時の思い出が蘇ってくる。

結婚後もよく机に向かって手紙を書いている姿を見たことがある。


早速ニコラスは机の引き出しからペーパーナイフを出すと、丁寧に開封して手紙を取り出した。


「何て書いてあるのだろう……」


はやる気持ちを抑えながら手紙を広げ、最初の一文を読んで目を見開いた。


『ごめんなさい。ニコラス』


手紙の書き出しは、ジェニーからの謝罪の言葉だったのだ。


「ごめんなさい……? 一体どういうことなのだ?」


ニコラスは食い入るように手紙を読み始めた——



****


ごめんなさい、ニコラス。

私はずっとずっとあなたに嘘をつき続けていました。

10歳の時に、『ボニート』で出会ったのは私ではありません。

私の名前を名乗ったジェニファーなのです。

あの日、私は自分の名前を使ってジェニファーに教会の献金に行かせました。


そこで貴方と出会い、ジェニファーは自分の名前はジェニーだと名乗ったと話してくれました。

それが全ての始まりでした。

本当なら、あの時ジェニファーはジェニーだと名乗らず、自分の名前を告げても良かったのに。

私のお願いを守る為に嘘をついたのです。


教会から帰って来たジェニファーから素敵な出会いがあったことを聞きました。

又会う約束をしてしまったと申し訳なさそうに謝ってきたので、2時間だけなら会いに行っていいと告げました。


ジェニファーは私の言いつけを守って、自分の名前を明かさずに私として会っていました。

私は毎日ジェニファーから貴方の話を聞き、いつの間にかまだ会ったことの無い貴方に恋をしてしまいました。


あなたがジェニファーにプレゼントしてくれたものは、私へのプレゼントとして貰いました。いいえ、取り上げてしまったと言った方がいいのかも。

だって本来はジェニーである私へのプレゼントなのだから当然なのだと思っていたのです。


私はジェニファーを自分の都合のいいようにつかっていました。

ジェニファーが追い出されるきっかけを作ってしまったのだって、お父様には内緒で、私が町に行かせてしまったのが原因です。


あの日、喘息の症状が出ていて苦しかったけど、あなたの写真が出来上がる日だから取りに行かせてしまった。だって、どうしてもあなたの姿を見てみたかったの。


まだ見ぬあなたに恋していたから。


その結果、体調が悪くなった私は倒れてしまって、目が覚めた頃にはジェニファーは追い出されてしまっていました。

具合の悪い私をほったらかしにして町に遊びに行っていたという理由で。


ジェニファーは体調の悪い私を心配して町に行くのをやめようとしていたけれど、無理に行かせてしまった自分が悪いのに。

だけど私は自分可愛さで、本当のことを言えなかった。私は最低な卑怯者です。


ずっとその事をジェニファーに謝りたかったけど、怖くて出来なかった。

お父様はジェニファーのこと怒っていたし、私の命を危険に晒した娘とは二度と会わせないと言ったから。


だから私はジェニファーに詫びながら生きてきました。

ボニートに来た時は教会で懺悔して、自分が許されたつもりになっていました。

シスターからジェニファーへ謝罪の手紙を書いてはどうですかと言われて、手紙も書き溜めていました。

いつかジェニファーにこの手紙を託せる日が来ることを祈って、書き続けてきました。


手紙を書き続け、時が流れるにつれて自分の罪悪感も薄れていきました。

そんな矢先、私は貴方と初めて出会ったのです——





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