6-2 馬車の事故
「ジェニファー様。馬車がすぐに捕まって良かったですね」
馬車の中で向かいに座るポリーが話しかけてきた。
「ええ、そうね。雨が降りそうだったから心配だったわ」
眠っているジョナサンを抱いて、窓の外を眺めていたジェニファーは頷く。
その表情は元気が無い。
(ジェニファー様……やっぱりシスターの話を気にしているのかしら……)
そこでポリーは話題を変えることにした。
「あの、ジェニファー様……」
その時。
ガタンッ!!
突然馬車が大きく傾いた。
「キャアッ!!」
「な、何っ!?」
ポリーとジェニファーが同時に叫び、馬車はバランスを崩して大きく左側に傾いた。
振り落とされまいとポリーは必死で手すりにつかまるが、ジェニファーはジョナサンを抱いていた為に、椅子から投げ落とされる。
(ジョナサンッ!!)
ジョナサンを庇ったジェニファーは床に身体を強く打ち付けてしまった。
「ウッ!」
衝撃でジェニファーの顔が痛みで歪む。
「ジェニファー様っ! 大丈夫ですか!?」
ポリーが床に倒れたジェニファーに必死で声をかける。馬車の中はジョナサンの鳴き声が響き渡っていた。
「え、ええ……だ、大丈夫……よ。ちょっと身体をぶつけただけだから」
本当は少しも大丈夫では無かったが、心配かけさせたくはなかったのだ。
「ウワアーンッ! ウワアーンッ!」
「ジョナサン……大丈夫よ。よしよし……」
傾いた馬車の中で床に座ったままジェニファーはジョナサンをあやす。
「一体何があったのでしょう……」
ポリーが傾いた馬車の窓から外を覗いていると扉が開かれ、慌てた様子の御者が姿を現した。
「お客様! 大丈夫でしたか!?」
「一体何があったのですか?」
ポリーが尋ねると、御者が謝ってきた。
「大変申し訳ございません! 突然車輪が脱輪してしまったのです! それでこのような事故に遭ってしまいました。お怪我はありませんでしたか?」
「私は大丈夫ですけど……ジェニファー様はどうですか?」
「え、ええ。私も大丈夫よ」
身体はズキズキ痛んだが、大事にしたくはなかった。それよりも気がかりなのはジョナサンの方だ。
「ジョナサンは大丈夫かしら?」
「フェエエエエンッ! ヒック! ヒック!」
泣きじゃくるジョナサンの身体を見渡しても何処も怪我はなさそうだった。
「ジョナサン様の怪我は大丈夫そうですね」
「ええ、そうね」
ポリーの言葉にジェニファーは頷く。
「それでお客様……大変申し訳ありませんが、もうこの馬車は使えません。どうか他の馬車にお乗り換え頂けませんでしょうか?」
御者は申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうするしかないわね」
「はい」
そこで2人は傾いた馬車から、御者の手を借りて順番に降りた。
ジェニファーは痛みで声が洩れそうになるのを必死に耐えながら馬車から降りると、ポリーに声をかけた。
「ポリー、悪いけどベビーカーを押してくれるかしら? 私はジョナサンを抱いて歩くわ」
未だにグズグズ泣いているジョナサンをベビーカーに乗せるわけにはいかなかった。
「分かりました。馬車が見つかるといいのですけど」
既に雨はポツポツ降り始めている。
「ええ、そうね。でももし見つからなければ歩くしかないわ。多分10分も歩けば帰れると思うから」
ジェニファーは持参していたショールをジョナサンが濡れないように身体を包むと声をかけた。
「それじゃ、行きましょう」
「はい、ジェニファー様」
2人はなるべく雨を避けるように、街路樹の下を歩きながら進んだ――
****
—―その頃。
「何だって? まだジェニファーは戻っていないのか? てっきり俺たちよりも早く戻っていると思っていたのに」
城から戻って来たばかりのニコラスは書斎で使用人の報告に顔をしかめた。
「はい、そうなのです。まだお戻りになられておりません」
「ジョナサンを連れているのに一体、何を考えているんだ?」
ニコラスの声には苛立ちが混じっている。
「雨も降ってきているのに……大丈夫でしょうか」
シドは心配でならなかった。
(何かあったのだろうか? ジェニファー様はいつもジョナサン様を連れて外出するときは早目に帰宅する様に心掛けていると言うのに……)
その時。
「ニコラス様、ジェニファー様がお帰りになられました! ジョナサン様も御一緒です」
メイドが慌てた様子で現れた。
「分かった! すぐに行く!」
「俺も行きます!」
ニコラスは大股で部屋を出て行き、シドもその後を追った――
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