4−19 本心を隠す2人
「いえ、大丈夫です。具合は別に悪くありません。それで……あの……」
やはり、いざニコラスを前にすると緊張する。
(私からジェニーの名前を口にして、機嫌が悪くなったら……)
「言いたいことがあるならはっきり言ってみたらどうだ? これでも俺達は書類上は夫婦なのだからな」
書類上は夫婦……その言葉をジェニファーは複雑な気持ちで聞いていた。
(そうよね、所詮私とニコラスは書類上だけの夫婦。それに元々私は彼からよく思われていないのだから聞くことにしましょう)
ジェニファーは自分自身に言い聞かせると用件を伝えた。
「ニコラス様、本日は外出を許可していただき、ありがとうございます。それで図々しいかもしれませんが、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かった、どんな願いだ?」
「あの……ジェニーのお墓を教えて頂けないでしょうか? お墓参りに行ってみたいのです」
「何だって? ジェニーの墓参りだって?」
「はい。駄目……でしょうか?」
「伯爵からどこにあるか聞いていないのか? 自分がブルック家に手紙で知らせると話していたのだが」
「手紙は届いたのですが……病気で亡くなったことしか書かれていませんでした。亡くなった日にちも、お墓の場所も書かれていなかったのです。多分……私にはお墓参りもして欲しくなかったのかもしれませんね」
寂しげに語るジェニファー。
「……そうか」
そこでニコラスは考え込んだ。
(多分、ジェニファーの話した通りなのだろう。何しろ伯爵はジェニファーのことをずっと恩知らずで薄情な娘と言っていたからな……)
ニコラスの知るフォルクマン伯爵は穏やかで社交的な人物だった。しかし、そんな彼もジェニファーの話になると人が変わったように豹変していたのだ。
それ故、ジェニーが亡くなったときに出てきた遺言状に伯爵は驚いた。
何しろ遺言状に、自分が亡くなった後はジェニファー・ブルックと再婚して子供も託したいと書かれていたからだ。
当然ジェニファーを憎んでいる伯爵は猛反対したが、ニコラスはジェニーの気持ちを尊重したかった。
そこでジェニーの亡くなった1年後には、遺言通りにジェニファーと再婚するつもりだと伯爵に告げた。
すると伯爵は激怒し……ついには絶縁に至ってしまったのだった。
(伯爵のことを考えれば、墓の場所を教えるべきではないのだろうが……だが、俺はジェニーの意思を尊重したい)
ニコラスが口を閉ざし、考え込む姿をジェニファーは不安な気持ちで見つめていた。
(どうしよう……ニコラスの気分を害してしまったのかしら。やっぱり、お墓参りがしたいなんて、言わなければ良かった……)
後悔しかけたそのとき。
「分かった、ジェニーの墓の場所を教えよう」
「え? 本当ですか?」
「ああ。実はジェニーの墓は、ここ『ボニート』にある。彼女はこの場所をとても好きだったからな」
「そうなのですか?」
まさかジェニーの眠る墓がこの地にあるとは思わず、ジェニファーは目を見開く。
「ただし、墓参りは1人で行ってくれ。俺は……君と一緒には行けない」
ニコラスはフォルクマン伯爵の手前、断っただけなのだが、ジェニファーの心は傷ついた。
(元々ニコラスに付いてきてもらおうとは思ってもいなかったけど……面と向かって言われると、やっぱり堪えるわ……)
けれど、傷つくことに慣れているジェニファーは本心を隠すことには慣れていた。
「はい、ジェニーのお墓の場所を教えていただけるだけで十分です。ありがとうございます」
ジェニファーは笑顔でニコラスにお礼を述べた――
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