3-10 遠慮
その日を境に、少しずつジェニファーを取り巻く環境は改善されていった。
食事の時間はジョナサンとずらされ、ジェニファーは食事がしやすくなった。
また気立ての良さが城中に知れ渡ってきたのか、使用人達はジェニファーの姿を見ると笑顔で挨拶する様になってきたのだった。
そして、早いものでジェニファー達がこの城にやってきてから10日が過ぎていた……。
――午前10時
ジェニファーはジョナサンを乗せたベビーカーを押して、ポリーと一緒に廊下を歩いていた。
「今日はお天気も良いので、絶好のピクニック日和ですね」
大きなバスケットを手にしたポリーが笑顔で話しかけてくる。
「ええ、そうね」
すると、前方から2人のメイドがこちらへ向かって歩いてくると、ジェニファーに話しかけてきた。
「こんにちは、ジェニファー様」
「ジェニファー様。おでかけですか?」
「ええ。ちょっとそこまでピクニックに行ってくるの」
「そうですか」
「お気をつけて行ってらして下さい」
「ありがとう」
ジェニファーが笑顔で返事をすると、メイド2人は会釈してすれ違って行った。
「……本当にここの使用人達は現金ですね。来たばかりの頃は皆ジェニファー様に冷たい態度を取っていたのに、良いお人柄だと分かった途端にコロッと態度を変えてくるのですから」
ポリーが何処か不満げに小声で訴える。その様子に少し、ジェニファーは心配になった。
「ねぇ、ポリー。ひょっとして他の使用人の人達とうまくいってないの?」
「いえ、そんなことはありませんけど。失礼な態度を取ったココさんが反省文で許された時なんて大勢の使用人達が私に話しかけてきたんですよ。ジェニファー様はどんな人なのかって。勿論、とても優しくて素敵な方ですと言いましたけどね」
「ありがとう、ポリー。そういえば、テイラー侯爵家でもあなただけは偏見を持たずに私に良くしてくれたものね」
「い、いえ。そんなことは……」
ジェニファーの言葉に、ポリーの顔が赤くなる。
その時……。
「マーマー」
ベビーカーのジョナサンが手足をバタバタさせた。
「あら? どうしたの? ジョナサン」
ジェニファーは足を止めて、しゃがんで顔を覗き込んだ。するとジョナサンは扉を指さした。
「このお部屋に入りたいのでしょうか?」
ポリーが首を傾げる。
「そうね……あ! この部屋は……」
改めてジョナサンが指さした扉を見て、ジェニファーの顔色が変わる。そこは屋敷に到着した矢先にココから立ち入り禁止を命じられたジェニーの部屋だったのだ。
執事長のカルロスからはジェニファーが立ち入ってはいけない場所は何処も無いと言われていたが、結局一度も入ったことは無かった。
(私なんかが、この部屋に入って……ジェニーが大切にしていた空間を汚すわけにはいかないわ)
「ごめんね、ジョナサン。このお部屋は入れないの。お外で遊びましょう?」
「ジェニファー様……」
ポリーが思いつめた表情でジェニファーを見つめる。
「う~……」
部屋に入れないことを知ったジョナサンはどこか不満そうにしている。
「ごめんね、ジョナサン」
ジェニファーはジョナサンの頭を撫でると立ち上がった。
「ポリー、行きましょう」
「は、はい。ジェニファー様」
2人は、再び並んで歩き出し……ポリーはそっとジェニファーの横顔を見つめた。
美しいジェニファーの横顔は、どこか寂し気に見える。
(ジェニファー様……一体、何故そんなに前妻のジェニー様を気遣っているのですか?)
けれど一介のメイドであるポリーには尋ねることなど出来るはずも無かった――
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