3-8 心配と安堵
「お待たせいたしました、ジェニファー様」
ワゴンに乗せて食事を運んで来たのは、やはりメイドのココだった。
「ありがとう」
「いえ、これが私の仕事ですから」
ジェニファーがお礼を述べると、すっかり改心したのかココは笑顔で返事をし、テーブルの上に次々と料理を並べていく。メインディッシュからパンにスープ、そしてサラダ等。食の細いジェニファーには食べきれないほどの豪華料理だった。
またジョナサンに用意された離乳食も、豪華な食材が使用されていた。
テイラー侯爵家では自分から提案したとはいえ、パンとスープのみしか与えられていなかったジェニファーにとっては驚きでしかない。
「あの、本当に私がこの食事を頂いてもいいのかしら?」
「ええ、もちろんです。あ……もしかして、お気に召しませんでしたか?」
ココが申し訳なさそうな素振りを見せる。
「いえ、まさか! とても嬉しくて驚いているわ。この料理を用意してくれた人たちにお礼を言いたいくらいよ」
「そんな、お礼なんて当然のことですから。でも厨房の者達に伝えておきますね。それでは、どうぞお召し上がりください」
ココは一礼すると、去って行った。
「ジョナサン、お食事にしましょうか?」
ジェニファーは床の上に座って積み木遊びをしていたジョナサンを抱き上げ、テーブルに向かった。
「マンマ、マンマ」
すると、ジョナサンは料理を指さす。
「ええ、そうよ。マンマよ?」
ジェニファーはジョナサンをベビー用の椅子に座らせ、スタイを付けたとき。
――コンコン
「あら? ノックの音だわ。一体誰かしら? ジョナサン、少しだけ待っていてね」
ジェニファーはジョナサンに声をかけると、扉を開けに向かった。
「どちらさまですか?」
『俺です、シドです』
扉越しに声をかけるとすぐにシドの声が聞こえた。
「え? シドなの?」
扉を開けると硬い表情のシドが現れ、すぐに質問をしてきた。
「ジェニファー様、食事は届きましたか?」
「たった今届いたわよ」
「そうですか。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「え? ええ。いいわよ」
「では失礼します」
シドは部屋の中に入ってくると、テーブルへと向かって行く。
ジェニファーも慌てて追いかけながら質問した。
「シド、どうかしたの?」
「食事の内容を確認しに来ました」
歩きながら返事をするシド。
「え? 食事の内容?」
ジェニファーが首を傾げた時、テーブルの前でシドは足を止めた。
テーブルには豪華な料理が幾つも乗せられている。
「……大丈夫なようですね」
そしてため息をつき、安堵の表情を浮かべる。
「大丈夫って……何が?」
「はい。テイラー侯爵家で出されていたような食事だったら文句を言おうと思って確認をするために伺いました。ジェニファー様はあの屋敷ではパンとスープのみしか頂けなかったのですよね?」
「どうして、その話を……」
「勿論ニコラス様から聞いていたからです」
「え? ニコラスから?」
「はい。ニコラス様から万一のことを考え、ジェニファー様を見守るように言われていたからです。先程メイドが失礼なことを言ってきたので、もしやと思い気になって確認しに伺ったのですが、食事は問題なかったようですね」
「そうだったの……ニコラスが」
思わず、嬉しくてジェニファーの顔に笑みが浮かぶ。すると……。
「マンマ、マンマ」
ジョナサンがジェニファーに訴えてくる。
「あ、そうだったわね。ごめんなさい、ジョナサン。すぐに食事にしましょうね」
「あの、ジェニファー様も今から食事ですよね? 俺がジョナサン様に食べさせましょうか?」
シドからのまさかの申し出にジェニファーは目を丸くした。
「え!? シド、あなた赤ちゃんの食事のお世話はしたことがあるの?」
「い、いえ……ありません」
少しだけ頬を赤くするシド。
「赤ちゃんにお食事をあげるって、意外と難しいのよ? それにシドは食事は終わったの?」
「いえ、これからです」
「だったら私に構わず、食事をしてきてちょうだい。私なら慣れているから大丈夫よ」
そこまで言われれば、シドは引き下がるしかなかった。
「……分かりました。では下がらせていただきます」
「ええ。またね」
笑顔で手を振るジェニファーに見送られ、シドは部屋を後にした。
――パタン
部屋を出ると、シドはため息をついた。
「……まさか、ニコラス様のあれだけの話で嬉しそうにするなんて……」
複雑な気持ちが込み上げてくる。
「ジョナサン様に食べさせながらでは、ゆっくり食事も出来ないだろう……改善させるように言いに行こう」
シドは執事長の元へ足を向けた――
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