3-7 メイドからの謝罪
――18時
「キャッキャッ」
部屋にジョナサンの笑い声が響く。
「ほーら、ジョナサン。こっちにボールを転がしてみて?」
2人は布で作られたボールで遊んでいた。ジョナサンの転がした鈴入りのボールがチリンチリンと鳴りながら床の上を転がっていく。
「はい、取ったわ。ジョナサンはボールを転がすのが上手ね」
ジェニファーは笑顔を向けると、ジョナサンも嬉しそうに笑った。そのとき……。
――コンコン
部屋にノックの音が響いた。
「ジョナサン、ちょっと待っていてね」
ジェニファーはジョナサンに声をかけると、扉を開けて驚いた。
「はい……え?」
目の前に立っていたのは、この部屋に案内したメイドだったからである。
「あなたは……」
「はい、そうです。私は先程失礼な態度をとってしまったメイドです。ジェニファー様! 大変申し訳ございませんでした!」
メイドは必死で頭を下げてきた。
「ジェニファー様のお陰で、私は酷い罰を免れることが出来ました。私は奥様に酷い態度を取りました。重い罰を受けて当然のことをしてしまったのに、反省文だけにして下さったことを感謝申し上げます。本当にありがとうございました!」
益々深く頭を下げてくるので慌てるジェニファー。
「私ならもう大丈夫なので、顔を上げて下さい。それに元々私は奥様と呼ばれる資格はないのですから」
「いいえ、ジェニファー様はニコラス様とご結婚されたのですから奥様と呼ばせて下さい。それに私のような者に敬語はおやめください!」
余程強く叱責されたのか、メイドは小刻みに震えている。
「分かったわ、敬語はやめるから顔を上げてくれる?」
「は、はい……」
恐る恐るメイドは顔を上げた。
「あなた、名前は何というの?」
「私は……ココと申します」
「ココというのね? 可愛らしい名前だわ。ココはもしかして私に謝りに来たの?」
「それもありますが、お食事のことでうかがいました。もう用意は出来ましたのでお知らせに参ったのです」
「そうだったのね。それでジョナサンの離乳食は用意して貰えているかしら?」
ジェニファーは事前にジョナサンの離乳食を頼んでいたのだ。
「はい、勿論御用意は出来ております。今からこちらにお食事を運ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? この部屋で食事をするの?」
意外な提案にジェニファーは首を傾げる。
「もしかしてダイニングルームをご希望でしたら、そちらになさいますか? たジョナサン様が御一緒なので、ジェニファー様の負担にならないようにこちらに食事を運ぶようにと執事長から命じられたのですが」
「い、いえ。そう言う意味で言ったのではないの。シドやポリーは一緒に食事を取らないのかと思ったのよ」
「はい。シドさんは護衛騎士で、ポリーさんは専属メイドなのですよね?」
「ええ。そうだけど……」
そのときジェニファーは気付いた。
(もしかして、主従関係がある相手とは普通一緒に食事をしないのかしら? 私は貴族の一般教養を何一つ知らないから……だったら諦めるしかないわね)
「ジェニファー様、どうなさいますか?」
ココが尋ねてきた。
「分かったわ。なら、この部屋に私とジョナサンの離乳食を運んでくれる?」
「はい、かしこまりました。すぐにお持ちしますので、お待ちください」
ココは丁寧にお辞儀をすると部屋を出て行った。
――パタン
扉が閉ざされると、ジェニファーはひとりでボール遊びをしているジョナサンの元へ向かった。
「ジョナサン」
名前を呼ぶとジョナサンは振り向き、笑顔で両手をジェニファーに伸ばしてきた。
「そう、抱っこね?」
何を言いたいのか、すっかり理解するようになったジェニファーは、ジョナサンを抱き上げた。
ブルック家を出てからのジェニファーはずっと孤独だった。
1週間にも渡る孤独な旅を続け、テイラー侯爵家でもジェニファーは孤独だった。
唯一楽しかったのが、ここへ来るまでの旅路だったのだ。
「ジョナサン、聞いてくれる? 食事は私たち2人だけでとるみたいなの。本当はシドとポリーと一緒に食事をしたかったのだけど……仕方ないわね」
すると、ジョナサンがジェニファーの頬に触れてきた。
「ジョナサン、もしかして私を元気づけてくれているの? フフフ、ジョナサンはいい子ね。ママのジェニーに似たのかしら?」
寂しげに言うと、ジョナサンに頬ずりした――
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