2−19 シドの話 2

「ジェニファー様はニコラス様のことをどこまで御存知ですか?」


不意にシドが尋ねてきた。


「え? どこまでと言われても……テイラー侯爵家の当主ということくらいしか分からないわ」


「そうなのですか?」


シドが少しだけ驚く。


「え、ええ」


何しろニコラスとは、まともな会話すらしていないのだから無理もない。


「ニコラス様には義理の母親イザベラ様と、現在25歳の腹違いの弟パトリック様がいらっしゃいます」


「あ……」


その名前に聞き覚えがあった。ニコラスが使用人達をホールに呼び集め、首を言い渡した時にモーリスが口にしていた名前だ。


「イザベラ様は、何としても次期当主をパトリック様に継がせようと躍起になっていました。そこで何度もニコラス様を暗殺しようとしてきたのです」


「!!」


その話にジェニファーは衝撃を受けた。


「ニコラス様は、今まで何度も命の危機に晒されてきました。馬車に仕掛けをして事故に遭わせようとしたり、暗殺者に襲わせようとしたり……だから常に護衛騎士を周囲に置いていました。でもそれも3年前にニコラス様が当主に決まってからは、命を狙われることも無くなりました。それで本腰を入れて本格的にジェニー様の捜索を行い……ついに居所を掴んだのです」


「そうだったの……?」


ジェニファーは頷いた。


(だからシドを護衛騎士として子供の頃から傍に置いていたのね。だけど、それがどうして私とジェニーの区別がつかなかったのかしら……)


「ニコラス様は、過去に毒殺されかけたことがあり……ほんの僅かですが記憶障害を起こしてしまったのです。それがジェニファー様に関する記憶です」


「え!? 」


「ニコラス様はジェニファー様の声や瞳の色を忘れていました。それでも2人の思い出はしっかり記憶はしていたようです。ニコラス様はジェニー様を見た途端、かつて自分が探し続けていた相手だと信じて疑いませんでした。何しろ、あの方は子供時代のニコラス様との思い出を楽しそうに話していましたから。プレゼントしてもらったというブローチも見せてくれました」


「……知っているのは当然よね。だって私、ニコラスと会ったその日の出来事は全てジェニーに報告していたから……写真だって渡しているし、ブローチも……」


ジェニファーは寂しそうに呟く。


「ですが、俺は初めて会った時から違和感を抱いていました。何故ならジェニー様は俺の方を一度も見ることなく、気にもしていませんでしたから。……あの方は、俺のことを知らなかったのですよ」


じっとシドはジェニファーを見つめる。


「あ……そう言えば一度もシドの話はしたことが無かったの。ジェニーが知らなかったのも無理はないわ」


「やはりそうだったのですね。俺のことは覚えていませんかとジェニー様に尋ねると一瞬で顔色が変わりました。結局、ジェニー様の体調が優れないと言う事で一旦その場は引き上げることにしたのです。そして……」


シドはグッと両手を組んで握りしめた。


「ニコラス様とジェニー様はフォルクマン伯爵家で2人だけで会うようになり、結婚するに至ったのです。そして俺は一旦テイラー侯爵家を離れることになりました。ジェニー様が俺のことを怖がると言う理由で」


「え? そ、それって……」


尋ねるジェニファーの声が震える。


「はい、俺を置いておくと自分が偽物だったことがバレてしまうと思ったのでしょうね。俺がニコラス様の元へ呼び戻されたのはジェニー様が亡くなられたからですよ」



そして、シドはじっとジェニファーを見つめた――

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