2−11 シドへの頼み
「そう言えば、1人でこのホールまで来たのか?」
ニコラスがジェニファーに視線を移す。
「いえ。メイドのポリーさんという方と一緒に、ここまで来ました」
(どうしよう……怒られてしまうかしら……)
ジェニファーはジョナサンをあやしながら、俯き加減に返事をした。
「メイドと一緒にか? だが、当分話は終わらないだろうな。1人で部屋に戻れそうか?」
ホールでは残った使用人たちが、急遽筆頭執事となったライオネルの話を聞いている真っ最中だった。
「申し訳ございません、私はまだこちらのお屋敷に来たばかりですので……戻れません」
「そうか……なら仕方ないな。シド」
「はい、ニコラス様」
名前を呼ばれてシドが返事をする。
「ジェニファーをジョナサンの子供部屋に案内してくれ。場所は覚えているか?」
「はい、覚えております」
「では、部屋まで案内したらすぐに書斎へ来い」
「承知いたしました」
次にニコラスはジェニファーに声をかけた。
「聞いていた通りだ。シドに部屋まで案内してもらうといい。引き続きジョナサンの世話をするように」
「はい、ニコラス様」
ジェニファーが返事をすると、ニコラスは急ぎ足で去っていった。
(ニコラス……私、また貴方を怒らせてしまったのかしら……)
悲しい気持ちで遠ざかっていくニコラスを見つめていると、シドが声をかけてきた。
「では、行きましょうか?」
「は、はい」
ジェニファーは返事をすると、腕の中のジョナサンをベビーカーに入れた。
「ごめんなさい、ジョナサン。お部屋につくまでこの中にいてね」
その様子をじっと見つめるシド。
「すみません、お待たせいたしました」
「……いえ。では行きましょう」
シドはジェニファーの前に立つと、歩き始めた。
「「……」」
少しの間、2人は無言で廊下を歩いていたが……ジェニファーには尋ねたいことがあった。
(どうしよう……何だ話しかけにくいわ……でも……)
そこで勇気を振り絞って、ジェニファーは声をかけようとしたそのとき。
「……あなたは、あのときのジェニー様なのですよね?」
「え……!?」
シドの言葉にジェニファーは血の気が引いた。
「その反応……やはり、そうだったのですね。15年前、あのときあなたは自分のことをジェニー・フォルクマンと名乗っていました。ですが本当の名前はジェニファー様なのですよね? 一体これはどういうことなのですか?」
「そ、それは……」
(どうしよう……! 私が嘘をついていたことがシドにバレてしまったわ……! このことがニコラスやフォルクマン伯爵に知られたら……怒られてしまう!)
怒りの眼差しを向けるニコラスやフォルクマン伯爵の顔がジェニファーの脳裏に浮かぶ。
「ご、ごめんなさい!!」
ジェニファーは大きな声で謝った。
「え?」
シドの顔に戸惑いが浮かぶ。
「そうです。私は15年前、ジェニーのフリをして2人に会っていました。でも、どうかお願いします! ニコラスには黙っていて下さい! もし、嘘がバレたら……私……」
ジェニファーは震えながら懇願した。
何故恨まれているのかは分からなかったが、ニコラスはジェニファーにとって、初恋の相手だ。これ以上、憎まれたくは無かったのだ。
「落ち着いて下さい、ジェニファー様。何も責めているのでは、ありません。どうしてもニコラス様に知られたくないというのであれば、俺からは何も報告しませんから安心して下さい」
「シド……さん……」
ジェニファーは肩を震わせながら。シドを見上げる。
「それと15年前にも言いましたが、俺のことはシドと呼んで下さい。敬語もなしです。いいですか?」
そこまで話したとき、ジョナサンの部屋の前に到着した。
「あ……ここは……」
「はい、ジョナサン様の部屋の前です。ニコラス様に呼ばれているので、これで失礼します」
「ありがとう、シド」
シドは礼を述べるジェニファーに頷くと、その場を去って行った――
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