1−17 静かな憎悪
「つい先程、ジョナサン様はお休みになられたところです」
メイドのダリアと一緒にベビーベッドを覗き込んだジェニファー。
ベッドの中には、1歳になったばかりのジョナサンが小さな両手を握りしめてスヤスヤと眠っている。
バラ色の肌に、金色の巻き毛のジョナサンはまるで天使のように愛らしかった。
「まぁ……なんて可愛いの……」
ジョナサンを見つめるジェニファーの顔に笑顔が浮かぶ。それはテイラー侯爵家に着いて初めての笑顔だった。
「可愛いだけではシッターは務まりません。失礼ですが、赤子のお世話はされたことがあるのですか?」
どうせ赤子の世話など出来ないだろうとダリアは決めつけ、冷たい口調で尋ねた。
「はい。子供の頃から、赤ちゃんのお世話はしてきたので得意です」
「え?」
笑顔で答えるジェニファーにダリアは苛ついた態度で尋ねた。
「子供の頃からですか? そんな話を信じろとでも? ジョナサン様のお世話をしたくてそのような嘘をおっしゃっているわけではありませんよね?」
(折角、執事長からジョナサン様のお世話を任されていたのに……。無理やりニコラス様の後妻に入った女に、お世話係を奪われるなんて……!)
ダリアは出産と同時にこの世を去ったジェニーの代わりに、ジョナサンの世話をしていた。
彼女は子供を出産し、子育てをした経験があるからだ。しかし僅か2歳で、子供を流行病で亡くしてしまった。
我が子を失い、絶望していた彼女を憐れんだ使用人たちはジョナサンの世話係にしてもらえないかと執事のモーリスに相談した。
そこでモーリスはニコラスにジョナサンの世話係にダリアを起用してはどうかと提案し、その要望が叶ったのだ。
ダリアは、ジョナサンをまるで我が子のように大切に育ててきた。それは彼女にとって生きる希望でもあった。
それなのに、ニコラスの後妻として現れたジェニファーに役目を奪われてしまったのだ。当然、ダリアにとっては納得のできない話だった。
(許せない……! 私からジョナサン様を奪うなんて……!)
ダリアは激しい憎悪をジェニファーに向けていた。しかし、そんな思いに気付かないジェニファーは笑顔で尋ねた。
「ダリアさん。では早速ジョナサン様のお世話の方法について教えて頂けますか?」
「え、ええ。では今から教えて差し上げますね……」
この女に教えるのはジョナサンの為……。
ダリアは感情を押し殺し、返事をするのだった――
****
ニコラスは書斎で仕事をしていると部屋の扉がノックされた。
――コンコン
「入れ」
すると執事のモーリスが部屋に現れ、早速ニコラスに報告した。
「ニコラス様、ジェニファー様をジョナサン様のお部屋に案内させていただきました」
「そうか。彼女の様子はどうだった?」
「そうですね。旅の疲れでもあったのか、お部屋を訪ねた際は眠っておられました」
その言葉に、ニコラスは顔を上げた。
「……部屋に入ったのか?」
「ええ。何度もノックをし、お声掛けさせていただきましたがお返事が無かったものですから」
淡々と答えるモーリスにニコラスは黙って見つめる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない」
「それで夕食の方はいかがいたしましょうか?」
「仕事で忙しいからな。部屋に届けてくれ」
再びニコラスは書類に目を落とす。
「ジェニファー様の夕食はいかがいたしますか?」
「そうだな。ダイニングルームに用意しろ」
「ジェニファー様の料理はどのようなものに致しますか?」
「それはお前たちに任せる。そこまで俺は関与するつもりはないからな」
「はい、では厨房の者たちにそのように伝えておきます。それでは失礼いたします」
モーリスはそれだけ告げると部屋を出て行った。
――パタン
扉が閉ざされると、ニコラスはため息をついた。
「……まさか、モーリスが許可もなく部屋に入るとはな……」
少しの間ニコラスは考え込んでいたが……再び書類に目を落として仕事を再開した。
ニコラスは何も気付いていない。
自分がジェニファーに対して無関心な態度を取ることが、どのような影響を及ぼすかということを――
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