1−16 子育て要員として

「……様、ジェニファー様……」


すぐ近くで誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえる。


「う〜ん……」


「ジェニファー様。おやすみのところ、申し訳ございません」


その言葉で一気にジェニファーは目を覚ました。


「お目覚めになりましたか? ジェニファー様」


頭の上で声が聞こえ、見上げるとジェニファーを迎えに現れた執事がじっと見つめていた。


「す、すみません! 眠ってしまっていたようで……」


ジェニファーは顔を赤らめながら返事をし、ふと気付いた。

いつの間にか部屋の中には夕日が差し込み、オレンジ色に染まっている。


「いいえ、こちらこそお休みのところ大変申し訳ございません。何度もノックと、お声掛けをさせて頂いたのですが、お返事が無かったので……失礼とは思いましたがお部屋に入らせていただきました」


執事のモーリスは深々と頭を下げた。

だが本来であれば使用人が許可も無く、勝手に部屋に入ることはありえない。

ましてや女性の部屋に男性使用人が入るなど、尚更だ。

このことからジェニファーがドレイク侯爵家から、どれほどに軽んじてみられているか現れていた。


だが、貴族令嬢とは程遠い乏しい生活を送っていたジェニファーが知るはずもない。


「い、いえ。それで御要件を伺ってもよろしいですか?」


「はい。既にご存知だと思いますが、旦那様にはジェニー様の忘れ形見でいらっしゃるお子様がおります。お名前はジョナサン様で1歳になられたばかりです。そこでジェニファー様にジョナサン様のシッターを任せたいとのことです」


シッターという言葉を強調するモーリス。

その言葉の意味にジェニファーは気付いてしまった。


(そういうことなのね……つまり、私は名目上は妻であるけれども、実際は認められていないのだわ。私がここに呼ばれたのは、あくまでもジェニーの遺言と、子育て要因の為に、ここに……)


「どうなさいましたか? ジェニファー様。ジェニー様のお子様のシッターは、お嫌でしょうか?」


モーリスは挑発的に尋ねてくる。


「いいえ、嫌なはずありません。シッターですね? 分かりました。是非、やらせていただきます。それでジョナサン様はどちらにいらっしゃるのですか?」


「え……?」


元気よく返事をするジェニファーに一瞬モーリスは戸惑うも、言葉を続けた。


「では、ご案内致します」


「はい、よろしくお願いします」


ジェニファーは立ち上がって、返事をした――



**** 



 ジョナサンの部屋はジェニファーの部屋のすぐ近くにあった。


「こちらがジョナサン様のお部屋になります」


白い扉には、馬のレリーフが施されている。モーリスは扉を二度ノックすると扉が開かれ、ジェニファーよりは年上のメイドが姿を見せる。


「モーリス様。お待ちしておりました」


「ご苦労だった」


モーリスはメイドに声をかけると、ジェニファーを振り返った。


「ジェニファー様、彼女が今までジョナサン様のお世話を担当してきたメイドです。明日からジョナサン様をおまかせするので、彼女から色々説明を受けて下さい。それでは私はこれで失礼いたします」


「え? あ、あの。もう行かれてしまうのですか?」


いきなりの話でジェニファーは戸惑った。まだ、これからここで生活していく為の必要な話は一切受けていないからだ。


「ええ、これでも色々忙しい身ですので。何か私に用件でもあるのでしょうか?」


「い、いいえ……何でもありません」


どこか威圧的なモーリスにジェニファーは何も言えなくなってしまった。


「では失礼致します。ダリア、よろしく頼むぞ」


「はい、モーリス様」


ダリアと呼ばれたメイドは返事をすると、モーリスはそのまま部屋を出ていってしまった。


―――パタン


扉が閉じると、ダリアは早速ジェニファーに話しかけてきた。


「それではジェニファー様。時間があまりありませんので、すぐに説明に入らせていただきます。良いですね?」


「は、はい……」


ダリアがジェニファーを見つめる目も……他の使用人同様、冷たい眼差しだった――




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