1−14 15年ぶりの再会

――その頃


大豪邸であるテイラー侯爵家のエントランス前で、ジェニファーは不安な気持ちで辻馬車の御者と待たされていた。


「あの、お客さん。失礼ですが、本当にテイラー侯爵家と関係のある方なんですよね? お金は支払ってもらえるんですよね?」


御者がジェニファーに尋ねてきた。


「え、ええ。大丈夫のはずです……多分」


「多分とは、どういうことですか? まさか、このまま締め出されたんじゃないでしょうね? 最初に応対してもらってから既に15分近く待たされていますよ? もし後5分待って誰も来なければ、無賃乗車で警察に連れていきますからね!」


「そ、そんな……警察なんて……!」


御者の脅迫めいた言葉にジェニファーが青ざめた。


――そのとき。


眼の前の扉が開かれ、執事のモーリスが現れた。その後ろにニコラスの姿もあるが、ジェニファーと御者は気付いていない。


「どうもお待たせいたしました。それで、馬車代はおいくらになるのですか?」


モーリスは男性御者に尋ねた。


「え、ええ。銀貨3枚になります」


モーリスは頷き、金貨1枚を御者に渡した。


「どうぞ、お持ち下さい。お釣りはいりませんので」


「え!? ほ、本当によろしいのですか!?」


金貨1枚という大金を手にした御者は驚きの声をあげる。


「ええ、もちろんです。ですが今回のことは決して口外しないようにしてください。もし約束を破れば……ここはテイラー侯爵家です。どうなるかはお分かりになりますよね?」


モーリスの言葉に御者はゴクリと息を呑む。


「はい……も、勿論分かります。そ……それでは失礼いたします!」


御者はお辞儀をすると慌てた様子で御者台によじ登り、まるで逃げるように走り去っていった。



「あ、あの……馬車代を用立てていただき、ありがとうございました」


ジェニファーは深々と頭を下げてお礼を述べた。


「……いいえ。別にこの程度のこと、お礼を言うまでもありません」


そしてモーリスはじっとジェニファーを見つめる。


「あ、あの……?」


ジェニファーが戸惑い、声をかけようとしたとき。


「君が、ジェニファー・ブルックか」


扉の奥から声が聞こえ、ニコラスが姿を現した。


「ニ……コラス……」


15年ぶりに再会したニコラスを見てジェニファーは目を見開く。

ジェニファーの初恋だったニコラス。辛い時、悲しい時はいつもニコラスの写真を眺めて自分を元気づけていた。

その彼が今、大人になった姿でジェニファーの前に姿を現したのだ。嬉しさのあまり、思わず目に涙が浮かびそうになったその時――


「ニコラスだと……? 今、俺をそう呼んだのか?」


ニコラスが冷たい声で尋ねてきた。高圧的な態度にジェニファーは凍りつく。


「も、申し訳ございません! ニコラス・テイラー侯爵様!」


咄嗟に謝り、頭を下げた。


(私ったら……! 懐かしさのあまり、ニコラスと呼んでしまったわ。彼は名門、テイラー侯爵家の当主だというのに……!)


「……顔をあげろ」


少しの間を開け、ニコラスはジェニファーに声をかけた。


「は、はい……」


恐る恐る顔を上げたジェニファーをじっと見つめるニコラス。その姿は、亡き妻ジェニファーにそっくりだった。


(驚いたな……一瞬、ジェニー本人では無いかと疑ってしまった……だが、もう愛する妻は……この世にはいない。それに、この女はジェニーをずっと苦しめていた張本人なのだから……!)


ニコラスから怒りの眼差しを向けられ、たまらずジェニファーは声をかけた。


「あ、あの……テイラー侯爵様……?」


「まぁいい。立ち話も何だ。部屋に行こう、ついて来い」


ニコラスはそれだけ言うと、踵を返し、大股で歩き始めた。


「は、はい!」


ジェニファーは慌てて地面に置いたボストンバッグを持とうとしたとき。


「私がお持ちしましょう」


執事のモーリスがジェニファーのボストンバッグを手にした。


「どうもご親切にありがとうございます」


「いえ、仕事ですから。それより早くニコラス様の後を追って下さい」


モーリスに言われて振り向くと、もうニコラスはかなり前方を歩いている。


「はい!」


ジェニファーは返事をすると、慌ててニコラスの後を追った。

本当は疲れきっていて歩くのもやっとだったが、ジェニファーは気力を振りしぼって後に続いた。



 長い廊下を歩き続けると、ニコラスは一つの部屋へと入っていった。その後にジェニファーも続く。


部屋に入ると、既にニコラスはソファに座っており、後から部屋に入ってきたジェニファーに声をかけた。


「君も座れ」


向かい側のソファを指差す。


「はい、失礼いたします」


一礼してソファに座ると、ニコラスは早速命じた。


「では、釣書を出してもらおうか?」


ニコラスは冷たい瞳でジェニファーを見つめた――

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