1-5 突然の見合い話
それはアンがジェニファーとダンの話を盗み聞きして、1週間程が過ぎた夕食の後の出来事だった――
ジェニファーとサーシャは2人で一緒に台所で食後の後片付けをしていた。
「ねぇ聞いて、ジェニファー。今ね、ウェディングドレスを仕立てる仕事を任されているのよ」
「まぁ! 本当なの? すごいじゃない!」
食器を洗っていたジェニファーは驚きで目を見張る。
「あのね、普通ウェディングドレスは一流のお針子が仕立てるものなの。だけどその分お金がかかるのよ。でも私のように見習のお針子だと格安の予算で仕立てることが出来るの。今回ウェディングドレスを頼んできたのは商家の娘らしいの。あまり予算が無いから見習の私に頼ってきたのよ。でも頑張って素敵なドレスを塗ってあげるつもりよ。そして一刻も早く一流のお針子目指すわ。そうすれば給料も上がって、少しはジェニファーに楽をさせてあげられるでしょう?」
サーシャは食器を拭く手を止めずに話す。
「サーシャ……まさか、私のために頑張ろうとしているの?」
以前ダンが2人でこの家を出ようと言った話を思い出し、ジェニファーは罪悪感を抱いてしまう。
「だって、ジェニファーには小さい頃からずっとお世話になってきたじゃない。この間兄さんの話で、ああなるほどって思ったわ。私達、今まで生きてこられたのはジェニファーのおかげよ。フォルクマン伯爵家に行っていた時は伯爵のお金で家政婦を雇っていたのだから」
「そ、そうだったのね」
(伯爵家のことを思い出すと、まだ胸が苦しくなるわ……)
そのとき、ダンがふらりと台所に現れた。
「ジェニファー、サーシャ。片付けはまだ時間がかかりそうか?」
「いえ、もうすぐ終わるわ。どうかしたの?」
ジェニファーが返事をする。
「おふくろが大事な話があるから全員居間に集まるように言ってきたんだよ。早く家事を終わらせろだってよ」
「何よそれ。だったら自分も手伝えばいいでしょう。あんなのが母親だなんて、本当に嫌になるわ」
フンと鼻を鳴らすサーシャ。
「叔母様が呼んでいるなら、すぐに片付けを終わらせないといけないわね」
「俺も手伝うよ」
ジェニファーの言葉に、ダンが腕まくりして台所に入ってきた。
「それじゃ兄さんは食器をしまってよ」
「分かった」
サーシャの言葉にダンは返事をし、3人は協力して片付けを終えた。
****
「随分遅かったわね。一体片付けにどのくらい時間がかかっているのかしら?」
3人揃って居間に戻ると、アンがジロリと睨みつけてきた。
「……だったら自分も手伝えばいいだろう」
ボソリとダンが口にするも、アンは聞こえないふりをした。
「3人とも、早く座りなさい」
そこで3人とも椅子に座ると、アンが話を始めた。
「皆、良くお聞きなさい。このたび、ダンの見合い相手が決定したわ。一応お見合いとはなっているけれど相手のお嬢さんはダンのことをすっかり気に入っているから婚約前提のお見合いになるわ。いいわね」
その話に全員が驚いたが、最も驚いたのは当然ダン本人だ。
「何だよ! 俺はそんな話聞いていなぞ!!」
ダンは立ち上がると、アンを睨みつけた。
「それは当然よ。たった今、話すのだから」
「はぁ!? ふざけるなよ! 相手の名前すら知らない相手と婚約前提の見合いなんてありえないだろう!」
「相手の家は裕福な商家の娘さんよ。婿養子を捜しているのですって。彼女は前から店に出入りしているダンを気に入ったらしくて、結婚を望んでいるわ。もし婿に来てくれたら、それなりの資金援助をしてくれるそうよ。そうすれば我が家はもっと楽に暮らせるのよ!」
「な、何だよ。その話は……俺を売るって言うのか?」
「長男のダンを婿にやるのは、少々痛手だけど……我が家にはまだニックもいるし、トビーとマークもいるわ。だから跡取りの心配はしなくても大丈夫。安心して婿養子になりなさい」
「……くっ!」
ダンは一瞬、唇を噛むと乱暴に部屋を出ていってしまった――
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