2−9 朝が早いジェニファー
――翌朝6時
専属メイドとなったアンはワゴンを手に、ジェニファーの部屋の前に立っていた。
ワゴンの上には顔を洗うために水を入れた洗面器とタオルが乗っている。
(ふん。本当に憎たらしい小娘だわ。男爵家で私と一緒の爵位のくせに、こんな素敵な暮らしを提供してもらえるなんて……許せないわ)
そこで嫌がらせをするために、朝早くからわざとジェニファーの部屋を訪れたのだ。
(冷たい水に、ゴワゴワなタオル……あの小娘には、これがお似合いよ)
アンは意地悪な笑みを浮かべると、ノックもせずにいきなり扉を開けた。
「おはようございます、ジェニファー様! 一体いつまで寝てらっしゃるのでしょうねぇ!……え?」
部屋に入るなり、アンは目を見開いた。何故なら身支度を終えたジェニファーがエプロンをして、部屋の掃除をしていたからだ。
「あ、おはようございます。お姉さん」
窓拭きをしていたジェニファーは、その手を休めると笑顔で挨拶する。
「あ、あの……一体、何をされているのですか?」
「はい。今朝はいつも通り5時に目が覚めたので、お部屋のお掃除をしていました」
「え……? 5、5時……?」
その言葉にアンは驚きを隠せなかった。
(そんな……! 私だって、5時半に起きたというのに? それがこの子はまだ10歳なのに、5時に起きたなんて。しかも自分で部屋の掃除まで……」
アンは急に自分の行動が恥ずかしく思えてしまった。
それが、9歳も年下の少女が誰の手助けもなしに朝の支度を済ませて掃除までしているのだから。
「あの、お姉さん。他に何かすることはありますか? 私、何でもするので言ってください。最近は薪割りも大分出来るようになりました」
窓拭きをしながらジェニファーが尋ねてきた。
「ええっ!? 薪割りですって!? そんなことはしなくても大丈夫です! 薪ならお屋敷に沢山ありますし、男性の仕事ですから!」
「そうですか……? それなら洗濯を……あ、台所のお手伝いでもしますか?」
「いいえ! そんなことされなくても大丈夫です。ジェニファー様のお仕事はジェニー様のお話相手になることですから。そ、それでは失礼いたします!」
自分のことを恥じたアンは、一礼すると逃げるように部屋を出て行った。
「……出ていってしまったわ。お姉さんはジェニーの話し相手になることが仕事だと言ってたけど……本当にそれだけでいいのかしら?」
何か他にジェニーのために出来ることは無いだろうかと、心優しいジェニファーは必死で考え……良いことを思いついた。
「そうだわ、きっとジェニーは喜んでくれるはず!」
ジェニファーは頷くと、自宅から持参してきたカゴを持って元気よく部屋を出た。
****
「……あら? 扉が開かないわ」
ジェニファーは屋敷の大扉の前に立ち、首を傾げる。
「困ったわ……これでは外に出られないわ」
そこへ仕事中のフットマンが通りかかり、扉の前で立ちすくむジェニファーを見かた。
(あの子は確かジェニー様の話し相手で呼ばれた、ジェニファー様だ。一体あんな所で何をされているのだろう? よし、声をかけてみるか)
「ジェニファー様。扉の前で何をされているのですか?」
その言葉に振り向くジェニファー。
「あの、私少し外に出たいんです。でも、扉が開かなくて」
「こちらの扉は防犯の為に、9時になるまで開かなくなっているんですよ。代りに使用人専用の出入り口がありますが、ジェニファー様の様なお客様に使っていただくような場所ではないんです」
「いえ、それでもいいです。場所を教えてください」
「え? もしかして外に出るつもりですか? まだ6時にもなりませんよ?」
ジェニファーの言葉にギョッとするフットマン。
「大丈夫です。私、ジェニーにプレゼントしたいものがあるんです」
そして、ジェニファーはにっこり笑った――
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