物の怪殺しの教室

月影筆理

第1話 冬の思い出

 赤や黄色に染まった山々が質素な姿に移り変わった冬の中頃なかごろ。世間がクリスマスや年末年始を意識し始めた十二月十五日。鳥のふもと市にある商店街──カラスロードは一足お先にクリスマスムード一色に染まっていた。赤と緑の装飾がなされた看板の店に吸い込まれる仕事帰りのサラリーマン。惣菜屋で夕食のおかずを購入する主婦の方々。そんな大人たちを横目に自転車で颯爽と商店街を走り抜ける学生諸君。サンタクロースの格好をした女性店員に付きまとう不届き者とそれを注意する庶民の味方お巡りさん。喧騒けんそうと平和が共存する不思議な世界。その雑踏ざっとうの中を黒いブレザーと紺色のスカートに身を包んだ大鳥おおとり学園高校一年三組に通う二人組──金森美沙かなもりみさ白木理子しらきりこ仲睦なかむづまじく歩いていた。美沙は彼氏に見立てた黒いスクールバッグを抱きしめ金髪のショートヘアを振り回し、丸い目にハートマークを浮かべながら彼氏への熱い想いを口にした。

「昨日彼氏と会った時に、冬の思い出を作りをたいねって話になったの。あっクリスマスイブのことね。でもウチら未成年じゃん。だからお店を予約しようにもできないし……一応どちらかの家に集まって過ごすって案も出たんだけれども、さすがにねえ、家族の前でハグとかキスとかできないじゃん。それで夜の学校に忍び込んで思う存分イチャイチャするって話になったの。どう思う?」

「駄目に決まってるでしょう。断りなさい。夜間だって警備の人は居るんだから学校には入れないし、そもそも夜遅くまでお店に居座れないって言うけれども、私達未成年は夜の二十二時までには家に帰らないといけないのよ。わかってる?」

 理子は黒髪のポニーテールが映える日本人形を連想させる顔立ちに呆れた表情を浮かべ怒った口調で諭した。

「ああ、なるほどね。言われてみればそうか」

「美沙……彼氏が出来て嬉しいのはわかるけど、危ないことだけはしないでよ」

 理子は心配顔で美沙の頭を優しく撫でた。

「わかってますよんっ! 理子様。ごめんあそばせ!?」

「わかったならいいけど」

「美沙は良い子なので悪いことはしません!」

「なら、約束して」

「……いいよ」

 二人の小指が絡み合う。

「破っちゃ駄目よ」

「了解」

 その後二人は違う話題で盛り上がり、商店街を抜けたところで各々家路についた。


 それから二週間後の十二月二十四日。今にも雪が降り出しそうな午後八時五十分。白のコートに紫色のロングスカートを合わせた金森美沙と、茶色の革製コートに紺色のジーンズという大人びた出立いでたちの彼氏──赤野剛士あかのたけしは周囲を山で囲まれた大鳥学園の裏門にた。

「本当に行くの?」

「もちろん。怖いか?」

「うん」

「俺がついてるから大丈夫だよ」

 剛士の鍛え上げられた肉体が美沙の柔らかい体を包み込む。こうして美沙と剛士は冬の思い出作りの為、約一メートルの金網をよじ登り校内に侵入した。

 大鳥学園は中央付近に校庭があり東側に正門、西側に体育館と二階建ての部室棟、南側にプールと裏門、北側に三階建ての校舎が二棟という配置である。

「誰も居ないな。よし! 行くぞ!!」

「ちょっ──早いって!」 

 身をかがめ周囲を警戒していた剛士は、美沙の手を引いてプールを壁伝かべつたいに走り出した。美沙は剛士の背中を必死に追いかけた。

 部室棟に辿り着くと剛士は入り口のドアノブを回した。するとあさっり扉が開いた。

「鍵かかってないの!?」

「そう。朝練をやる連中もいるからな。ここは鍵を閉めないんだ」

「不用心にも程があるでしょう!?」

「まあそう言うなよ。そのおかげで俺たちも入れるんだからさ」

「それはそうだけど……」

 大丈夫かあ? ウチらの学校。美沙は苦笑しつつ、剛士と共に部室棟へ足を踏みれた。

 部室棟の中は内廊下になっていた。手前と奥にそれぞれ二階に通じる階段があり、校庭に面した右側には大量の窓が、左側には各部室の扉が等間隔で並んでいた。二人は校庭から姿が見えないよう中腰になって内廊下を進んで行った。

 ちょうど中程まで来た時、剛士がここだと言い足を止めた。そしてジーンズの右ポケットから野球ボールのキーホルダーが付いた鍵を取り出し開錠した。ガチャという金属音が廊下に響き渡る。剛士は顔の前でオーケーマークを作り、鍵を抜いて扉を開け、美沙の手を握り、

「男臭い部室へようこそ」

 硬式野球の道具とパイプ椅子が並ぶ部室の中へ引き入れ、静かに扉を閉めた。

 部屋に入ると美沙は剛士の首に両手を回し、初めてできた彼氏の顔をまじまじと眺めた。ブラウンの大きな瞳に高い鼻と薄い唇。今風の塩顔イケメン。これで坊主頭じゃなければもっとカッコイイんだけどなあ。美沙は五ミリにられた剛士の頭をジョリジョリと撫でた。

「ごめん。野球部だからさ、この髪型じゃないと怒られるんだ」

「ううん、いいの。部活頑張って」

 申し訳なさそうな顔をする剛士に美沙は聖母のような微笑みを送った。すると今まで美沙の体を優しく抱きしめていた剛士の右手が、背中をなぞり、赤く染まった美沙の左頬へ添えられた。

「愛してるよ、美沙」

「私もよ、剛士」

 二人の顔が急接近する。そうよ! 私が望んでいたのはコレよ! ごめんね理子。私、冬の思い出作りまーす!!。熱い吐息が交わり二人の唇が重なろうとしたその時──、

 ドォォォォォン!!!! 轟音ごうおんと共に部室の扉がゆがんだ。

「なに今の!?」

「わからん」

「怖い……」

「俺が見てくるから美沙はここで待ってろ! もし何もなかったら──キスしようぜ」

「バカ」

 美沙から離れると、剛士は近くに置いてあった金属バットを握り、変形した扉を開いた。次の瞬間──剛士の体はくの字に折れ曲がり吹き飛びされ後ろの壁に激突した。美沙は甲高い悲鳴を上げ剛士の元に駆け寄った。

「剛士っ!? しっかりして!? 剛士!!」

「…………」

「どうしよう。そうだ! 助け呼びにっ!?」

 美沙は扉の方を向いて絶句ぜっくした。蜘蛛くもの様なバケモノが顔全体をおおう赤い長髪と八本の長い四肢ししを動かし二人の元へにじみ寄って来たのだ。美沙は恐怖におののき、無反応の剛士に抱きつくしかなかった。

 目の前にやって来たバケモノは赤い長髪をき分け四つの目玉で美沙の全身を舐め回すように眺めた。そしていやし笑みを浮かべうなるように囁いたのだ。

「……男ハ不味まずソウだが、女ノ方ハさぞ美味でアロうナ。お前ハご馳走ダ!」

 バケモノの青白く冷たい指が美沙の首元を伝い唇を撫で回す。

「誰かああ、助けてえぇぇえ……」

 美沙は涙を流し懇願こんがんするしかなかった。

「ドウせ、誰モ来なイ。諦めロ」

 バケモノは美沙を持ち上げ、耳の付け根まで続く大きな口を開けた。サメのように鋭い歯がにぶい光を放つ。

「キアアァァァァァァアアアア!!」

 大鳥学園に美沙の悲鳴がこだました。

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