第48話 どう? 試してみたいと思わない……?


「はー、ここが山下公園かあ」

 海沿いの歩道で手を広げ、ぐるっと回りながら、周囲を見回す詩織。


「あー、かもめがこんなに近くに飛んでる。ほら」

 詩織は、かもめを指差しながら、十文字を振り返って白い歯を見せる。

 1メートル程先、ほぼ目の高さに、海風に乗って止まったように漂うかもめ。


 十文字は、道すがらの会話をリフレイン。

 『山下公園、詩織さんとの思い出の場所

  なんだよね?』

 『まあ、思い出の場所と言えばそうなん

  だが……』

 『その時、どんな話したの?』

 『実は、そん時会ったのは義姉ねえさんで、

  詩織とは会ってなくて、仲良くなった切っ掛け

  の場所なんだ』

 『どういうこと?』


 山下公園に向けて歩きながら、信号待ちで立ち止まり、首を傾けて尋ねる詩織。

 じわじわと溢れ出す記憶を、思い出すままに語り始める十文字。


 『詩織とは、飲食店でバイトしてた時の

  同僚でさ。その時は、高値の花だと思

  ってたから、あまり話したことなかっ

  たんだけど、ある時、詩織が客に絡ま

  れてたところを止めに入って、ボコボ

  コに殴られて、それでもお帰り下さい

  って追い返した時から、少しずつ話す

  ようになって……』


 よくある話なんだけどさ、と変わった信号を見て、再び歩き始める。

 『ようやく仲良くなってきたところに、

  パンデミックが起きて……。店が潰れ

  て、俺達もバラバラになった。連絡先

  を交換するほどの中でもなかったか

  ら、それっきりだったんだが』


 ぽつりぽつりと語る十文字。

 『だが?』 

 優しく先を促す詩織。


 『俺が今の仕事のバイトを始めたころか

  な。浮気調査でターゲットを尾行し

  て、ここに来た時、詩織に似た女の人

  を見掛けて、詩織さん? って声を掛

  けたら義姉さんだった。ちょうどその

  時、義姉さんは、トイレに行った詩織

  を待ってたとこだったんだが。なるほ

  ど、あなたがモジモジだったのね? 

  って言われた』


 ふふ、っと照れたように苦笑いをする十文字。


 『どうやら、ふたりで、俺のことをモジ

  モジって呼んでたらしいんだよな。ま

  あ、確かに詩織の前では、ずっとモジ

  モジしてたかもって、今は思わなくも

   ないが』


 『ぬふふふっ』


 固まる十文字。

 『どうしたの?』

 『何か、笑い方がすごく詩織に似てきた

  なと思って』


 ぬふふふっ、と手を後ろで組んで笑いながら、得意気な表情の詩織。

 『じ・つ・は、これ、サオ姉ちゃんに叩

  き込まれたんだよ。それはもう、徹底

  的に。詩織さんの笑い方、怒り方、不

  貞腐れ方、仕草。昔の写真とかふたり

  で見ながら、いろいろ』


 それで? と詩織は顔を寄せてくる。

 『そん時は結局どうなったの?』

 『浮気調査の仕事してるとこなんで、も

  う行かなきゃって義姉さんに言った

  ら、連絡先教えるまで離さないって、

  それで渋々教えて、ようやく別れたっ

  てオチ』



 かもめを見ながら、ぐるぐると回っていた詩織。

「ねえ、モジモジ。改めてここを私達の思いでの場所にしない? 私、亡くなった詩織さんのこと、すっごく大事に思ってるし、サオ姉ちゃんとも、赤ちゃんの浩輔ちゃんとも仲良くする。もちろん、紗理奈ちゃんと瞳ちゃんも。だから、私を家族だと思ってくれないかな?」


「正直……、よく解らないんだ」


 鼻をこすりながら詩織から目を逸らし、遠い海を見る十文字。

「詩織さんを見ていると、懐かしい気持ちとか、昔の詩織との会話とか、いろいろ思い出して、優しい気持ちになったりするんだけど、それを詩織さんに求めていいのかなって、申し訳ないって気持ちになるんだ。詩織さんに詩織そのものを求めるのは間違ってるんじゃないかって……」


 もう! 何言ってんの? と両手を腰に当てて目を三角にする詩織。

「求めてくれていいの! 間違ってないよ! 全く赤の他人に押し付けるのとは訳が違うんだから」

 そう言って、十文字と同じように、海を見詰める詩織。


「私は、詩織って名前を貰うまで、ただの人形だった。でも、詩織さんって目標を、エミュレートすべき目標を与えてもらって、本当に幸せだと思う……。私のDNAはサオ姉ちゃんのだけど、詩織さんの考え方とか、感じ方とか、生き様とか、魂みたいのを、ずっとずっと引き継いでいきたいと思ってる」


 だからね、モジモジ、と、詩織は十文字を振り向かせて、じっと見詰める。

「少しずつでも、時間を掛けて詩織さんに近づいていくから。そこはちょっと違うって思ったら、素直に言って欲しいし、一生懸命直していく……。だから」


 だから、と距離を詰める詩織。

「私の事は、さん付けじゃなくて、詩織って呼んで欲しいんだ」


「ま、まあ、少しずつって言うなら……」

 詩織の迫力に一歩下がる十文字。


「でさ、モジモジ……。ひとつ教えて欲しいことがあるんだけど」

 引き下がる十文字に、さらに詰め寄る詩織。

「何?」


「詩織さんの最期って、どんなだったの?」

「え?」


「最期の言葉とか……、覚えてる?」

「――ああ、覚えてる……」


「何て?」

 優しく十文字を見つめる詩織。


「無理……しなくていいからね、って」

 くしゃっ、と顔を歪める十文字。


「そっか…………、そっか……」

 十文字の両腕をぎゅっと掴み、額を十文字の胸に当てて、静かに、そっか、と繰り返す詩織。

 そうしてじっと佇むふたりを、風に乗ってふわふわと漂うカモメ達が包み込む。

 

 

 しばらくして、頬に伝わる涙と、静かに周りに漂うカモメ達に気付いた十文字。

 

「詩織……?」


 すすっと、少し鼻水を啜るようにして顔を上げた詩織の目に、涙が浮かんでいる。

「ふふっ、やっと呼んでくれたね。詩織って」

 そう言って、泣き笑いを見せる詩織。


 ――え? 確か、ウェットロイドは

   涙が出せなかったんじゃ?


「ねぇ、モジモジ……」

 十文字の両頬に手を添える詩織。

 瞳に涙を浮かべながら、ニッと、悪戯なニュアンスを帯びた笑みを見せる。

「な?」

「もうひとつ教えて……」

「な、なんだよ?」

「詩織さんって、どんな風にキスしたの?」

「そ、そんなのうまく言えるわけないだろうが?」

「だったら、体に聞いちゃおかな?」


「ん!」


 詩織の唇が十文字の口を塞ぐ。


「何すんだよ。いきなり……」 

 詩織を引き剥がして、狼狽える十文字。


「あれ? 違う? もうちょっと舌を入れるのかな?」


「んん!」

「あれ? まだ違う? もっと中で動かすとか?」

「んんーーーんんんーーーーんんんんんんんん!! っぷはぁ」


「まだだめ?」

「わかったよ。わかったから。だから、公衆の面前では止めてくれ!」


 十文字は、観念したという顔で、膝に手を突き、頭を下げる。

「そういうとこまで似せなくても良くないか?」

「バカねぇ。そういうとこまで似せたいのよ!」


 まったく、と苦笑する十文字に、ニヒっと悪戯な笑みを返す詩織。

「よぅーし、じゃーあ、続きはホテルでしよっか? レッツゴー」

 十文字の腕を掴んで、引っ張る詩織。

「なにー? これからー?」



   *   *   *



 山下公園近くのホテル。

 詩織は、自動受付の端末で適当に部屋を選んで支払いを済ませると、カードキーを持って、十文字をエレベーターに引き摺って行く。


「ねぇ、モジモジ知ってる? Ver3.1って凄いんだよ。味覚、嗅覚、触覚も解るようになってるの。アソコもちゃんと感じるんだよ。しかもね。アソコの筋肉が自在に動かせる名器仕立て。どう? 試してみたいと思わない……? え、もしかして英輔義兄にいさんのこと気にしてんの? バッカねぇ、このボディは、換装したばっかだから、まだバージンだよー」


 引き摺られながら泣きそうな声で抗議する十文字。

「わかった、わかった……、わかったから。せめてブロードキャストだけはこの辺で切っといてくれるー?」


 閉じるエレベーターのドアの向こうで、十文字の叫び声がフェードアウトしていった。



―おしまい―

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WETROID ー探偵 十文字景隆ー 炊込物語 のしまる @takikomi-noshimaru

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