第36話 そうは問屋が卸さないんだろうな?


 12月某日。

 札幌市内のホテルで、大森研究室は新型義足の完成発表を行った。

 伊崎海洋開発からは姫乃と鈴、NSAからは『アカホヤの灯』の取材の名目で、十文字と瞳が出席した。熱田夫妻は身バレを警戒して登壇していない。


 出席者は、地元の新聞社、テレビ局がちらほら、障害者支援のボランティア団体の関係者、技術系チューバ―が何組か取材に来ていた他、障害者支援を謳う大手製造業や、重機メーカーの広報部も混じっている。


 伊崎海洋開発の名前で売り込むには通りが悪いということで、新たにブランド名が考えられた。


 『BODYCOM』 ボディコム


 商標および意匠権は伊崎海洋開発。神経接続部分と外部接続端子までの薄膜信号網部分は、ナーブコネクトモジュールと名付けられ、熱田夫妻が、マッピング調整プログラムは大森研究室が、それぞれ特許申請を出願したところだ。



 大森は、右肩から先の義手のモデルを作り、自分の腕部分にコントローラーを装着して、実際にパフォーマンスを披露する。

 卵をつぶすことなく持ち上げて戻したり、握力計を握ったり、おもちゃのピアノを弾いたりと様々だが、モーターの出力によっては、より重いものを持ったり、強い力を出したり出来そうなことが容易に想像出来る仕上がりだった。


 この発表会の動画は、ネットでも公開され、視聴数は20万を超えた。

 会場に集まった人々の中には、大森の発表よりも、この日アシスタントを勤めたソフトロイドのメイリーの一挙手一投足に関心を持ったものも多かったらしく、彼らが投稿したメイリーの動画も視聴数を集めた。


 この義手や義足は、接続する筋肉の状態が患者により異なることから、基本的にはオーダーメイドとなる。医療保険の適用範囲外ということもあり、1パーツあたりの価格は、数百万になると見込まれた。

 問題は、手術範囲の検査や設計を大森1人しか対応出来ず、手術は熱田の病院で行う必要があったこともあり、時間を要することにあった。


 大森のもとには、障害支援ではないが、重工系の研究所から、災害救助で使う、パワードスーツや、ヒューマノイド型ドローンで使えないかという問い合わせが、幾つか寄せられている。


 伊崎海洋開発にも、これらのニーズは共有された。

 ウェットロイドを投入すれば、検査、設計、手術の対応は増やせるのだが、勝手に増産出来ず、表立って医療行為を行うこともできないため、当面は、ソフトロイドやハードロイドに可能な範囲での支援に留まることになった。

 このため、手術範囲の検査や設計の助手として、大森は、ソフトロイドを3人、追加で契約した。彼女達は大森研究室だけでなく、外出して活動するようになった。この様子はTV番組でも紹介されたため、図らずもソフトロイドの認知度向上に貢献することとなった。


   *   *   *


 内輪の打ち上げは、『ハニーロイドカフェすすきの店』の2階を貸し切りで行われた。

 そこには、大森の両親と娘のアンジェラも呼ばれており、アンジェラは、初めて見る猫耳やエルフ、バニーガールや金髪碧眼のシャーリーに興奮して、彼女達から離れることが無かった。



「めでたし、めでたし、って感じだけど、きっとこのままじゃ済まないんだろうな」

 壁際に立ち、斜に構えたように呟く十文字。

「あら、段々解ってきたじゃない。モジモジさん?」

 悪戯な微笑みを浮かべる姫乃。

「この中で、一番危ないの、誰か判る?」

 十文字は、アンジェラに目を向けて、顎で示す。

「この中で、一番無邪気に楽しんでるあの娘だろ?」

「ふっ、正解!」


 微笑みを沈めた姫乃は伏し目がちに呟く。

「連中は、家族から狙うんだよね……」


 普段よりオクターブは低い声で呟いた、その横顔、その目は、十文字に鳥肌を立たせるのに充分な迫力を帯びていた。


「なんだよ、まるで狙われたことでもあるような言い草だな」

「ふっ、そうね。昔、あたしも攫われたことがあったかな」

 肩をすくめておどけた顔を十文字に向ける姫乃。


 ――えええええええええええ?! 


「モジモジさんも、適当に楽しんでってね。何なら奥のVIPルーム使う? ん?」

 そう言って手をひらひらさせながら、姫乃はアンジェラの輪に混じって行った。


 十文字がシャーリーから聞いた話では、VIPルームは、ハニーロイドが服を脱いで、色々と性的なサービスをしてくれる防音仕様の部屋だ。すすきの店のハニーロイドは、バストの質感が改良されていて、下手な豊胸手術をした生身の女性よりもリアルでボリューミーなのだとか。

 それに加え、ハニーロイドの股間には、高性能の大人のおもちゃが作り込まれている。衛生器具を装着して使うらしいが、幅広い世代に好評とのこと。

 利用者の中には生物学的な女性も少なからずいるらしい。




 大森茂雄がNSAの保護下に入ったことで、メイリーがもう1人、大森の実家に置かれた。大森の両親にも気に入られて、家政婦よろしく大森家を支えるとともに、母親代わりとしてアンジェラの世話と教育をしている。

 姫乃が聞いた話では、メイリー曰く、アンジェラはメタ知能が高いらしい。


 ヒコボシによれば、メタ知能とは、要約したり比喩したりという言語能力だけでなく、身体能力においても、抽象化された領域の記憶力や応用能力のことで、これが高いと、飽きっぽい傾向がある半面、応用力や発想力、包括的な理解力が高い傾向があると言う。


 NSAは、ヒコボシを使ってEXVエグゼブの動きを監視するとともに、『夢湯若草ビレッジ小樽』への監視も強めている。


 はぁ、と、ひとつため息を吐いた十文字は、宙を見据えて呟く。

「何も無ければ、それに越したことは無いんだが」


 ――そうは問屋が卸さないんだろうな?


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