第34話 え? ここで俺に振るんですか?
3週間後、十文字は伊崎海洋開発で奈美を拾って、三浦海岸にある
3階建ての中層マンションの1階。
玄関に迎えに出て来たのは、
「あら、随分お久しぶりですね。イザナミ先輩」
「本当、久しぶりね、ガッシー。義足の調子も良さそうじゃない?」
「はい、お陰様で。――さ、どうぞ中にお入りください」
リビングでは、徹が最敬礼で奈美達を迎え入れる。
「伊崎さん。この度は大変お世話になりました」
「そんな、頭を上げてください。熱田さん」
熱田の肩に手を寄せる奈美。
「いえいえ、本当に、なんとお礼を申し上げていいか……」
頭を上げさせようとする奈美の手を、いえいえ、と押し返しつつ、頭を下げようとする熱田。それに、本当に困ります、熱田さん、と奈美がさらに屈んで訴えて、ようやく熱田が折れて頭を上げる。
「――立ち話も何なので、みなさん、どうぞお掛け下さい」
借りてきた猫の心境で、失礼します、と部屋に入る十文字と瞳。
ソファに落ち着くと、実がトレイにカップと紅茶ポットを乗せて現れた。
「先輩、元町でいい茶葉見付けたんですよ?」
「あら、そうなの?」
「お口に合うといいんですけど」
「あらほんと……、美味しい」
奈美が紅茶に口を付けて、目を丸くして実を見る。
良かった、と微笑んだ実は、居住まいを正して、改めて奈美に深く頭を下げた。
「この度は、大変お世話になりました」
「お役に立てて良かったわ、おめでとう。義足の具合はどう?」
「ご覧の通りです。見た目も、一見すると義足には見えない出来栄えですし、このままお風呂にも入れるので、とても助かってます」
実は太腿を摩りながら、伏し目がちに、しみじみと語る。
「走るのは無理ですけど、普段の生活には全然問題がありません」
「大森さんの設計と、ガッシーの技術と、徹さんの腕前の賜物ね。うちは設計通りに作っただけだもの」
「そんなことありませんよ。あんな精密な義足を1週間で仕上げるなんて。それに、先輩のあの軟膏、幹細胞を使った再生医療薬ですよね。術後の傷の塞がり方が半端無かったです。あんな薬の存在を知ったら、世界がひっくり返る大騒ぎですよ」
奈美は、手を合わせて苦笑を返す。
「それなんだけど、ここだけの話にしといてくれない?」
――そんな軟膏があるんですか?
顔に出てたのだろうか、奈美はきっとした目で十文字を見据える。
「モンジ君、あなたは忘れて。――ガッシー、大森さんには伏せてあるのよね?」
「はい。傷が塞がるのが早過ぎるって思われるかもしれないので、まだ完治の報告もしてないんです」
「そう、ありがとう」
徹が興奮した眼差しで奈美を見る。
「でも、大森さん、手術成功の報告をした時は、凄く喜んでました。義足自体は、発表するってことでいいんですよね?」
「それは問題無いわ。あなた達も特許やら商標やらは早いうちに申請しておいた方がいいわよ」
徹の興奮は収まらないらしい。
「それにしても、1週間後に大森さんが来られた時、もう出来上がった義足を持っておられたのでびっくりしました。大森さん自身も、うちの助手がこんなに優秀だったとは、って驚いていましたが、その助手さんが伊崎さんのところのアンドロイドなんでしょう? もう、伊崎さんに足を向けて寝られませんよ」
「たまたま、うちのアンドロイドの材料や部品で作れたからラッキーだっただけよ。大森さんのビジネスが軌道に乗れば、救われる人達も増えるし、うちも儲かるから、ウインウインってこと」
そう言って、苦笑を返す奈美。
ひとしきり、奈美を持ち上げる空気が落ち着いたところで、実が思い切ったように口を開いた。
「先輩、ちょっと突っ込んだ事、聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「先輩、とっくに臓器培養にも成功してるんじゃないですか? ネット上で、お金持ち向けの臓器培養移植があるって都市伝説が、まことしやかに流れているんですが、もしかして先輩じゃないかって……」
ふう、っとため息をひとつ吐いて奈美は答える。
「残念ながら、その都市伝説は本当よ。でも、私じゃないわ。使われている技術の一部に私の技術が含まれている可能性は高いけどね。技術ってものは、どんなに隠そうとしても、漏れていくものなのかも」
そうして、ふっと寂しげに笑うと、ひととおり周りを見渡して間を作る奈美。
「それで、本題なんだけど」
「本題、ですか?」
徹と実が揃って、きょとんとした顔を奈美に向ける。
「そう、あなたの快気祝いに来たのはもちろんだけど、今日、私がここへ来た本当の理由の1つは、あなた達ふたりを国家安全保障局の保護下に置くことなの」
「国家安全保障局?」
顔を見合わせる徹と実。
「そう、国家安全保障局。――NSAと呼ばれる政府機関よ。NSAは国益に資する重要技術を保護する活動をしているの。実は、私の臓器培養技術もNSAの保護下にあるのだけど、おふたりの技術と大森さんの技術も、めでたくその対象に認められたわけ」
徹がおどおどしながら、面々を見回して、声をひそめる。
「あの、『アカホヤの灯』のおふたりの前で、そんな話をしても大丈夫なのですか?」
奈美が十文字に笑顔を向けて、話していいよ、とでも言いうように軽く頷く。
――え? ここで俺に振るんですか?
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