第12話 こいつ、爽やかなふりして意外と悪巧みの才能があるんじゃねえのか?


「モンジせんぱーい、喜んで下さい。お仕事の依頼ですよー」

 アイドル系の顔立ちの助手が、十文字にほほ笑む。


 十文字の事務所に、杉浦瞳が助手として配備された。

 これで、十文字も正式にNSAの保護対象、と言えば聞こえはいいが、監視対象になったということだ。


「どこから?」

「橿原さんからです」

「素直に喜べねぇよ」

「ディスプレイお借りしますね。割のいいお仕事ですよ。自分で営業すれば、さらに分け前が増えるという特典付きです」

「どういうこと?」


 壁際のディスプレイが灯り、橿原が顔を出す。

『こんにちは、先輩。コクーンの調子はどうですか?』

「上々だよ。お陰様で風呂が狭くなったけどな」

 いつも通り何かと皮肉交じりの十文字に安心しながらも、苦笑を返す橿原。


「で、今日もウェットロイド絡み?」

『はい。今回は先々週米国から入ってきたウェットロイドです』

「なんだよ? 華南だけじゃなくて、米国にも漏れてたのか?」

『どうやらそうみたいです』


 ディスプレイに、入国時の監視カメラの映像、赤外線スキャンの映像が映される。

 そこには、絵に描いたような幼い北欧系の美少女の姿があった。


「まだ子供じゃねえか」

『はい。横浜市緑区にあるマンションのオーナー。日高豊75歳の娘に帰化したサリー・ホワイトという14歳の子です。日本名は紗理奈。入国から1週間で帰化手続きが完了していたところを見ると、書類手続き自体は、もっと前から準備されていたものと思われます』


「となると、日本国籍の人間をすり替えるのとは違うパターンだな」

『そうですね。今回は遺産乗っ取りというパターンでしょうか?』

「もしかして、その爺さんが亡くなったのか? タイミング良過ぎだろ? あまりに

詐欺臭くねえか?」


『巧妙にカモフラージュされた組織的詐欺の可能性は否定出来ませんが、事件性は認められていませんね。日高豊氏が亡くなったのが1週間前。風呂場で倒れているところを娘の紗理奈が発見しました。死因は心臓発作となっています』


「爺さんには他にも子供はいるのか?」

『はい。48歳と45歳の息子がいます。ですが、厄介なことに日高氏は生命保険及び全財産を娘に譲るという遺言を残していたので、2人の息子が弁護士を立てて不服申し立てをしようと動いているのですが、相手が未成年で、その保護者が亡くなったわけですから、宙ぶらりんになっているのが現状です』


「NSAは、どうやってこの件を知ったんだ? ウェットロイドをマークしてるだけじゃ、ここまで解らんだろ?」

『竹之内みどりのAIです』

「じゃあ、まさか」

『お察しの通りです。サリー・ホワイトの帰化、日高豊との養子縁組、これらに竹之内みどりが関わっていました。第一発見者は娘の紗理奈ですが、通報したのは彼女なんです。なので世話役として動いていた竹之内みどりが消えたことで、遺産相続問題の調整役も消えた形です』


「そうなると、風呂場での心臓発作ってのも狙って出来る仕組みがあったと考えるのが自然だよな?」

『まあ、状況証拠は充分でしょうね。このマンションはEXVエグゼブグループの不動産会社が建てたオール電化のスマートマンションです。冷蔵庫や洗濯機などの家電、照明や電動ブラインドなどの調光、空調、キッチン周り、風呂の給水やジャグジー設備、どれもオンラインで管理されています。管理会社もEXVグループの会社です』


 ――EV車の次は

   スマートマンションかよ。


「で、その宙ぶらりんを何とかしたいってのが依頼なのか」

『その通りです』

「それって、探偵の仕事じゃなくないか?」

『今回のこちらからの依頼は、NSAがカモフラージュで使っているNPOとしての仕事がメインですが、探偵としての仕事はご自身で営業していただけば、その分は、先輩の丸儲けですよ』


 非営利組織NPO『木漏れ日の泉』は、未成年の子供が、親からのDVや無関心、不当な搾取などによって、傷付けられたり、権利を搾取されたり、本来受けてしかるべき便益を受けられないなどの社会問題を扱う団体で、NSAが隠れ蓑として使う組織のひとつである。


「営業?」

『そうです。息子2人に充分な取り分を勝ち取れば成功報酬が貰えると思いますよ』

「それって、探偵というより弁護士の仕事なんじゃねえか?」


『調整役ですからコンサルタントのようなものです。むしろ相手の弱みを握れば、有利に交渉が進められる分、探偵向きだと思いますけどね。これからの時代、浮気調査より遺産相続のニーズが増えるかもしれませんよ。団塊の世代も続々退場していくことですし。相続人同士が弱みを探り合うって、浮気調査のテクニックがそのまま応用出来るじゃないですか』


 ――こいつ、爽やかなふりして

   意外と悪巧みの才能が

   あるんじゃねえのか?


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