その三
「はいお疲れ、かんぱーい」
「「「かんぱーい」」」
グビッグビッグビッ、ク~~~!!!
うめぇ……、キンキンに冷えたビールが熱くなっていた脳みそを冷やしてくれる。
平日の夜、そして急に決まったこの飲み会なので、課内の人達の参加は3分の1程度。みな家庭があったり、どうしても外せない用事があったり。
声を掛けた係長があまり強引に誘う人ではないので、本当に来たい人・来れる人だけが集まった感じか。
「ひらりん飲みっぷりいいねぇ! すみませ~ん!!」
「ひらりんは家でも飲む派?」
「いや、あんまり飲まんな。野々村は?」
「だ~か~ら~、あいって呼んでって言ってんのにぃ」
店員から受け取ったグラスを寄越しながら、唇を尖らせる野々村。そういうの、男が勘違いするから止めた方がいいと思うぞ。
でも胸元が見えない服装とか、さりげなく品のいいアクセサリーを着けている所とかはいいなぁって思うんだよなぁ。元カノに浮気された傷も、少しずつではあるけど塞がって来たのかも知れないな。
「あ~っと、元カノと同じ名前なんだよ、あいって。元カノは漢字で藍色のあいだったけど」
「え~っ、あの元カノ? 何かや~な感じぃ~」
アルコールが入ったからか、色々と口が軽くなってしまった。
今回の飲み会が開かれた原因である、前の会社の社長襲来事件については同じ課内の人達へ係長から説明がなされている。
俺の社内での立場に関わるから、上役達にも簡単に説明しておくぞと事前に連絡してくれた。
いい人に引き抜いてもらったよ、ホント。
そんな事を考えていると、スッと目の前に小皿が差し出された。前菜のサラダが綺麗に盛り付けされている。
「ありがとうございます」
反射的にお礼を言い、小皿を差し出してくれた人の顔を見ると、何と
「いいえ、どうぞ」
俺に小皿を渡した後も他の人達用にか、サラダや唐揚げなどを取り分けては配っている。元カノはそんな事をするタイプじゃなかったので、高瀬さんの家庭的な一面を見て、次に付き合うならこんなタイプの人がいいなぁと思ってしまった。
「あれあれあれぇ~? ひらりんったらもしかして
「えっ!? ははは……」
図星だった為にいい返し方が思い浮かばず、愛想笑いで流そうとしてしまったのがいけなかった。またもや顔を真っ赤にさせ、俯き気味にビールを飲む薫ちゃんこと高瀬さんの、普段とは違う表情を見てしまってまたも見惚れてしまった。
「ちょっとぉ~、2人いい感じなんじゃない!? 薫ちゃんの方が1コ年上だよね。ほらさ、1歳年上の女房は金の
何で1歳だけ限定なんだろう、と考えていると、チラチラとこちらを見て来る高瀬さんの視線が気になった。
「でも、私はほら、口うるさい方だから、煙たがられてるだろうと思うし……」
自覚あったんかい。でもそれって俺限定ですよね、今すぐ止めろ。
野々村が俺の耳を手で覆い、小声で話し掛けて来る。こしょばい。
「薫ちゃんね、Mなんだよ。しかも声フェチ。ひらりんの冷たい声がドンピシャなんだって!!」
途中から小声ではなく、そして手を耳から離して俺の肩をバンッと叩くもんだから、会話が周りに筒抜けだ。
でもそれっておかしくないか? Mだからって俺にきつく当たるようにするって、何か違う気がするんだけど。
「ちょっとっ、あい!」
俺越しに野々村を捕まえようとするもんだから、高瀬さんはバランスを崩して俺の胸に抱き着いてしまった。うわぁ、見た目によらずふくよかな感触……。着痩せするタイプか。それに張り出した形のいいお尻を見下ろす形になってしまっている。この態勢でもブラウスの裾が出ず、素肌が見えないのが清楚で非常によろしい!!
いかんいかん、傍から見たら飲み会の場でイケない事をさせているような態勢だ。高瀬さんの肩を支え、座り直させる。
「大丈夫?」
ちょっと意識して冷たい声を出してみる。ダメだな、久しぶりに飲んだから悪ノリしてるかも。
「……っ!? はい……」
ドキンッ! 胸が高鳴ってしまった!! あの高瀬さんが、俺を濡れた瞳で見つめている。
ブーッ、ブーッ、ブーッ、何やらバイブレーションが響く。電話?
「あ、ゴメン、彼氏からだわ。ちょっと電話して来る。後は若いお2人で、と言う事で~」
どこのやり手ババアだお前は。ってか彼氏いんのかよ。良くないよ? 思わせぶりな態度は。
「彼氏いるって聞いて、がっかりした?」
俺に抱き着いた体勢を戻し、またも俯きながらボソボソと話す高瀬さん。何だ? 飲んだら人が変わるタイプか?
「いや、さっきも言った通り元カノと名前が一緒って時点でないです。あと、あまり男を勘違いさせるような発言の多いタイプは遠慮したいですね」
俺も飲んでるから、ついつい辛辣な本音を出してしまう。まぁ飲みの場だし、無礼講という事でお願いします。
「あぁ、あいったらそういう所あるのよね。私もあれくらい可愛げがあればいいのにって言われるけど……」
あれは可愛げとはちょっと違うような気がするけど。天然の魔性? そんな事はどうでもいいけど、もうちょっと高瀬さんと本音で話してみたいと思った。
「可愛げというか、僕の高瀬さんの第一印象は優しいお姉さんって感じだったんですけど。最近僕に当たりキツくないですか? 僕、何か失礼な事しましたか?」
「鈍いなぁひらりんったら! 言ったじゃん、薫ちゃんはMだって。冷たい声で電話対応してるひらりんが……」
「あい!」
いつの間にか野々村が背後に座っていた野々村の口を、高瀬さんが慌てて塞ごうとして手を伸ばす。またも高瀬さんはバランスを崩し、野々村が持っていたジョッキからビールが零れて高瀬さんのブラウスに零れてしまった。
「あ~っ! もう、びちょびちょじゃ~ん、すみませ~ん!!」
野々村が自分のハンカチで高瀬さんのブラウスを拭きながら店員を呼ぶ。お手拭きをもらうのだろう、俺も自分のハンカチを高瀬さんに渡す。さすがに俺が直接ブラウスを拭く訳にはいかないしな。
「ダメだわ、下までびちょびちょでしょ? 今日はもう帰りなさい。そうしなさい。
ほらひらりん、薫ちゃん送ったげて」
「えっ!? いや、1人で帰れるよ! ここからだとタクシーで1メーターちょいだし……」
店員さんから手渡されたタオルで何とか水気は拭き取れたようだが、見た目が素敵過ぎてあまりよろしくない。
「あのね、服が濡れて透け透けな格好している美人さんを1人で帰せる訳ないでしょ! ねっ、ひらりん」
野々村の言う通りなので、そのあからさまな誘導に対して素直にノッておく。
「そうだな、送りますよ高瀬さん。僕のアパートも近くなんで、家の前まで一緒に行きますよ」
「ひらりん、LINEで薫ちゃんのマンションの位置情報送るから。それとマンション入って部屋の玄関まで送ってあげてね、最近何かと物騒だから」
「えっ!? ちょっ」
野々村と高瀬さん、仲か良いなとは思ってたけど自宅の行き来もするほどの仲なんだな。休みの日とかに遊びに行ったりするんだろうか。
ぶーぶぶっ、スマホが振動した。確認すると野々村からのLINE。仕事が早いな。ん?
『襲え』
は? 何言ってんだコイツ。野々村を見ると高瀬さんの耳元で何やら囁いている。これでもかというくらい真っ赤になった高瀬さんの横顔。
『送り狼』
はいはい、襲えばいいのね、分かった分かった。
グビグビグビッ、残っていたビールをあおり、みんなに先に失礼する事を告げて店を出る。外で少し待っていると、高瀬さんが少し遅れて出て来た。
野々村に何を吹き込まれたのやら……。
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