この点の、その先は。

れもねぃど

1話

1. この時期

なんともない,今日.周りを見たって,お祭り騒ぎでもないし,特に何かあるわけではない.そんな,今日.でも,今日は僕にとって,大切だ.

いつも通り,せわしない人々.見ていてこっちは大変なんだろうなということがひしひしと伝わってくる.現代時代を生き抜く社会の戦士たちにはいつも感服である.

もう学校に来なくていい時期,つまりもう卒業が近いのである.高校三年生にもなると周りは受験で大忙しである.私は大学に推薦で入学を決めていたので,共通テストなどがなかった.故に,そこまで忙しくしていない.

本来の高校生はもっと忙しいはずなのに,俺はこんなにものんきでいていいのか.と心で思う時があるが,ほかの受験生からしたらこんな風に思ってるやつは嫌味でしかないだろうと思い,考えるのをやめた.もちろん,応援をやめたわけではない.

僕には高校3年間付き合ってきた彼女がいる.その彼女も受験勉強に励んでいる.これも考えてしまう理由でもあったが,彼女の努力は絶対実ると確信していたのでそこまで深くは考えていなかった.と,言いつつも心の奥では少し心配ではあった.


2. 自分勝手

心配な理由,というかは自分との葛藤である.それも自分の身勝手である.

彼女は東京の大学を志望していて,僕は関西の大学である.どちらも違う方向であり,いつしか別れを決めていかなければならないということであった.

気づいていたが,ずっとずっと目をそらし続けてきてもうこの時期である.こんな自分が情けなくて仕方ない.

彼女を尊重するのは当然だが,自分のやりたいことを曲げて彼女を追うのはどうなのか.と思う自分がいた.それは,「自分の欲」というわけではなく,自分のやりたいことを曲げて自分がついていくことは果たして彼女はどう思うのか.というところであった.

僕は彼女がやりたいことは絶対にやってほしいし,行きたいところに行かないとダメだと思っている.それは人生の分岐点でもあるのだから,「妥協」は許されないと思っている.

ほかにもいろんなことに思考を巡らせたが,どれも自分の憶測の域を超えないようなものしか思いつくことができなかった.

彼女本人に直接問うことはできなかった.

弱い,弱い自分に涙を流し,蔑んだ.



3. 許せない時の流れ

くだらない自分の思考を巡らせているだけで1週間,1か月,そして,今日.

いくらなんでも早すぎないかと思ったが,自分が遅すぎるのだと分かった瞬間にまた「弱い」と思ってしまった.情けない.

君は無事合格し,ともに喜んだ.その時は微塵も別れについて考えなかった.のんきだなと思った時もあったが,めでたいときにそんなことを考えていても仕方ないと今思った.

俺は関西,君は東京に行くことが決まりせわしない日々を送った.

いろんな準備などがあって,それらの時間で自由な時間を奪われつつあった.

故に,君と会うのも久しいわけだがもう別れになってしまう.心の中で時計の針をぐるぐる回してしまいたいと思うくらいには,心の余裕がない.

「ああ,もう最後か」

思わずこぼしてしまう一言.本当こんなこと言いたくなかったのだ.自分の胸の内に秘めておいて最後まで,送り届けたかった.

改札の前,まだ君はついていない.電車の時刻が刻々と迫ってくるにつれ,僕の心の余裕も0に等しくなっていく.

駅のロータリーにとまった一台の車から,君は降りてきた.

君を見るだけで,それだけで,胸が苦しくなっていった.体で「自分が耐え切れなくなるんじゃないか」と,思うほどに.

せめて,彼女の前で泣くだなんて,そんなことはしたくない.


4. 想いの表面張力実験

目の前に彼女が現れた.

「本物だ,夢じゃないんだ」と考えてしまっていた.そのくらい,その現実を受け入れたくなかったのだろう.いや,受け入れることを本能が拒否していたのかもしれない.

「おはよう,今日はありがとうね」

そういわれてしまった.ありがとうも何も,来たかっただけなんだよ.君を送り届けたかったんだよ.もうこの時点で想いがあふれそうになったが,なんとか当たり障りのない返答をした.

明るく,笑って安心させて,君を送り届けたかったのに,なぜ僕はこんな顔をしているのだろう.情けない,情けなさすぎる.


5. ラストレターを選ぶ

彼女と駅のコンビニでホットコーヒーを買い,飲んでいた.

思い出話や感傷に浸るような話をしていた.正直つらかった.

「まだ最後じゃないって」そう言いたかった.現実はホットコーヒーのように熱く,僕を攻撃してくる.いや,これは攻撃じゃなくてさだめなのだろうか.未熟な僕には,まだわからない.

最後に僕は何を伝えれるのか,僕は何をできるのか.

君がくれたもの,たくさんあるけどそれを僕は君にどう返せばいいのか.君の笑顔,優しい言葉,慰めの言葉,愛の言葉.数えても数えきれない.

それなのに,僕は君がくれたものを返しきる自信がない.返したって返しきれない.今更後悔しても遅いかもしれないけど,悔しい.

だから,また返せるような,「次がある」って期待させてくれるような,そんな言葉を伝えたい.

ここが最後だなんて,絶対に嫌だ.決してここが最後だなんて認めない.

「さよなら」なんて言ってたまるか.

君と僕は,離れても.


6. 自覚と変化

思い出話をしているうちに,ふと考えてしまった.

いつも僕は君の手を握って歩けるように,それだけの人になろうと思っていた.実際,そうなれていたと当時の自分は思っていた.今となっては,自信がない.

現代社会の変わりように逆行するようだが,僕は男であったし,僕が好きになった君だ.絶対大事にしてあげたかったのもあるだろう.この使命感の源は.

けど,今この状況では思い出のような何かが僕を引っ張って仕方がない.きっとそれが涙や情けなさだろう.

僕は前に進んで「吹っ切れた」という状態を目指していた.だから,それらに足を引っ張られていた.

けど,今君の顔を見て思ったんだ.笑顔だが,奥底に寂しさを感じる目.まるでポーカーフェイスのようだった.

「君をその顔のまま,放置していていいのか?君を送り出すだけでいいのか?」

自分の中で自問自答が起きた.

流されるがまま,送り出していいのだろうか.荒波にもまれようとも,それに抗う気持ちはないのか.


7. 決心

きっと僕と君の間には幾千もの時間が流れるだろう.めぐりゆくときと環境,世間に揺られ自分たちも変化し成長していく.それはきっと別々の道を歩いても,同じ道を歩んでも,だ.

けど,変化したって,成長したって,僕と君の関係値はリセットされるわけではない.

なら,僕と君はずっと,つながっていけばいい.手紙でも電話でもなんでも.つながっていく努力をすればいい.相手に気持ちを伝え続ければいい.

そうなれば,君と僕は離れないで済むんじゃないのか.

この時,僕は「別れを受け入れる」なんて言う言葉を捨て,「ずっと,ずっとつながっていく」ことを目標とした.

別れを受け入れろなんて,誰が言ったんだ.誰も決めていないんだから,そんなの破ってしまえばいい.恋に,愛にルールなんてない.


8. 想い合い

「さみしいね」

僕に,君はそういった.さっきまで僕も寂しかったさ.

「うん.でも,あっち行ってもずっとつながってたいね」

僕は望んだ.君とずっと一緒にいることを.強欲なのかもしれないが,望んだ.

「うん.ずっと一緒!」

君はそう言ってくれた.きっとほかのカップルなら,すぐ壊れる愛なんだろうけど,この時の僕らはなぜだろうか.他とは違うと思って,絶対に壊れない.そういう根拠のない地震が自分を強くした.

根拠が解決しない事象もあるから,必ずしも根拠が必要なのではない.

必要なのは,その想いの強さなのである.


9. 時

もうすぐで定刻を迎える.

君の手を握り,ホームで待つ.君の手を放したくなかった.君のあったかい手をずっと握っていたかった.

最後はたわいもない話をしていた.あの日,あの時,あんなことがあったね,と.懐かしいことばかりだった.

そんなことをしていると,電車が到着した.同時にアナウンスが鳴り,ドアが開く.

もう別れなんだと,そう思うとさっきまで寂しくなかったはずなのに,寂しくなってきた.君の温かい手があった右手も,もう冷め切った.ドアのほうへ向かう君.

本当に別れを感じ,心がギュッと絞められた.悲しい・寂しいよりかは,会えなくなる恐怖であった.その気持ちに耐え切れなかった僕は,思わず彼女を呼び止めてしまった.

「ねえ,待ってよ.」

次の瞬間,君を抱きしめていた.

君が目の前からいなくなる,見えなくなる,それだけに焦りを感じてしまった.いま僕の腕のうちにいる君を,しばらく見ることができないんだ.

君のそばにいることができない,ただそれだけ,いやちっぽけに思えるかもしれないが,そんなことはない.

最後に僕は君にこう声をかけた.

10. 「君は僕が絶対守る」

根拠もない,できるか確証もない,ないないだらけの言葉だが,僕はできると思った.君はまた僕の前に現れてくれるだろう.だからこそ,かけた声だった.

君はこういった.

「ずっと,大好きだよ」

その一言,僕は瞬間涙を流してしまった.

あれだけ泣かないと決めたのに,絶対そんな姿は見せないと誓ったのに,見せてしまった.けど,不思議なのが情けないと思わなかったことであった.

きっと,心の奥底ではわかりきってたんだろう.当然だったのかもしれない.


11. そして,僕の前を去る.

君の乗る電車は戸が閉まり,ずっとずっと向こうへ消えていく.

君が僕の前に現れた日,高校1年の時,その時から僕の見る世界は変わった.今までの世界よりも明るく,コントラストが強い毎日であった.

憂鬱な朝も,まぶしい光も,悔し涙も,何もかも君が色づけていってくれた.君がいないと僕の視界は薄く黒い世界だったのだろうと想像できる.

僕の前にあったただ一つの輝き,それは君だった.

そのただ一つの輝きは,会えなくなっても,ずっとつながっているから消えはしない.むしろ,もっともっとまぶしくなるだろう.

そんなことを思いつつ,涙を裾で拭った.


12. 桜舞い散る

桜舞い散るこの道,僕は関西に来た.

相変わらず連絡を取っている.君も順調そうでよかったと,少しほっとした.

僕も新しい環境に慣れないところはあるけども,きっと君がいればすべて乗り越えていけると思って,大丈夫だと確信している.

ずっとずっと,つながっている.

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