第33話 楽チン
オトナって何だろう。
法律上の大人は20歳だけどこれはアテになんない。
未成年でも充分に大人っぽい人はいるし、40歳になっても子供っぽい人はいる。
何をもって大人と認めているんだろう。
これは人それぞれに漠然としたイメージをもっているよねたぶん。
わたしの定義はこうだ。
自分の行動に責任を持てるか否か。
責任を持てるのがオトナ。
持てないまたは持つ力が無いのが子供。
行動には発言ももちろん含まれる。
自分の行動に責任を持つと、計画性や慎重さが必要になってくる。
「あるべき姿」に近づいている状態をもって「オトナ」って認めているような気がする。
さて世間に生息する年齢的には大人になっている非オトナの人たちは、無自覚に他人に迷惑をかけがち。
自分は思慮深い、自分は責任感がある、自分はオトナだ、と思っているのだから自分の行動がまさか子供っぽいとか稚拙だとか、そういう方向への想像は全くしていないぽい。
「老害」なんて言葉を持ち出すまでもなく、世界は非オトナ達であふれかえりまくっている。
会社みたいな、大筋で一致した目的を共有している集団なんかでは、この非オトナ達によって日々面倒事が量産されている。
わたしはオトナかといわれれば、ドッチの場合もあると思っている。
自分が気づきにくい部分はやっぱりあるし、得意で気が回りやすい方面もある。
自分の行動に責任を持つ、という意味においては20歳くらいから段々できるようになってきたなと思っている。
そしてそれは独りでいたい気持ちを加速させた。
こればかりは確認の方法がないので自己申告するしかない。
ではわたしの考えは「非オトナの存在が最低だ」とか「非オトナ達によって引き起こされる面倒事はもううんざりだ」っていう方向に向かっているかというとそうでもない。
むしろラクチン材料だと感じている。
つまり。
非オトナ達の手によって量産される面倒事を解消する行為は、彼等自身から切り離されて、第三者の手によって正しい状態にされるケースが多い。
この役割は一見面倒で汚れ仕事のように思われがちなんだけど、一概にそうとは限らないと思う。
物事を交通整理して、情報やヒト、モノ、カネ、の流れを円滑にする、とかやってると、多くの場面で歓迎されるコトが多く、でも実際にヤるコトそのものは実に平易なんだよね。
つまり誰でもできる。
ココが最大のポイントで、誰でもできるコトなのに不当に高い付加価値が与えられているんだ。
そしてそのコトに気が付いている人はまーまー少ないと思う。
わたしは努力家ではないし、むしろ同じ結果に到達するのなら可能な限り少ない手数で乗り切りたいと強く思う超ナマケモノ、駄目人間、クズ、死んだ方がいい、世間のため、みたいなヤツ。
でもそうだからこそ、気が付いた側の人になれたと思っている。
だから今は、まーまー感謝されるような作業をこなしながら、楽チンだなーと感じている。
非オトナ達が、一般的に面倒だと思われている意地の張り合いなんかをしてくれる度に、わたしは楽チンなタスクがまた増えたなあと感じるの。
プライベートでは絶対に関わらないけどね。
---
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます