五章 闖入者 4

 ルディはクルトの足元に結界を作り出した。高さを調整して、クルトの前に見えない階段を作る。クルトはためらうことなく空中に足を踏み出すと、地上を走るのと変わらない速さで空中を駆けていった。

 突然標的が同じ高さまで上がってきたことに驚いたのか、魔獣はさらに高度を上げる。しかし、クルトの方も恐れることなく同じ高度まで上がっていった。

 ルディはクルトと並行して地上を走りながら、クルトの足場を作っていく。あれだけ信頼されているんだ、失敗するわけにはいかない。ルディはいつにも増して集中していた。

 クルトの足止めをしようと、魔獣がクルトに向かってつららを放った。クルトはまるで地上にいるかのように戸惑いなく、ステップをふんでそれをかわした。ルディもクルトの行動を先読みして足場を作っていく。幼い時から一緒にいたのだ、クルトの動きは予想ができた。ルディは自身の直観を信じて足場を作った。魔獣はクルトから逃れようと必死に飛んでいる。しかし、スピードではクルトにはかなわないようだ、どんどん2者の距離が縮まっていく。クルトはついに魔獣に追いつくと、大きく剣を振りかぶって飛び上がった。

 「てぃ」

 クルトが剣を振り下ろす。魔獣は剣と結界に挟まれて、切り裂かれた。


 「やったよ、ルイ!うわ、怖っ」

 魔獣を仕留めて安心したのか、下にいるルディの方を見てクルトが初めて怖そうな声を上げた。無理もない。魔獣の追いかけてかなりの高度まで上がっていたのだ。ルディは階段状に結界を作り、クルトを下ろした。クルトが無事に地上に降りたことを確認したルディは大きく息を吐くとその場に座り込んだ。一方のクルトは嬉しそうにはしゃいでいる。

 「お疲れさん。さすがだったぜ」

 「ありがとう。ルイのおかげだよ」

 そういうとクルトもルディの隣に座った。さすがのクルトも疲れたようだ。

 「うー、さすがに疲れたぜ。1週間分くらい走った気がする」

 「ずっと走ってたからね。大丈夫?」

 「少し休めば大丈夫。それより、クルトは平気か?お前の方が行動量おおいだろ」

 「大丈夫だよ。慣れてるから」

 クルトは少し息を切らしているが、まだまだ余裕がありそうな表情だ。さすが、いつもの訓練の賜物だなとルディは感心する。

 「さすが、期待のルーキーなだけあるな」

 「それはルイもでしょ」

 茶化すようにいうルディにクルトが返した。人心地ついたルディはクルトの体を確認した。ケガがあるようなら治療しなくてはいけない。みたところ、小さな傷はあるものの大きなケガはしていないようだ。

 

 「ほっぺ、ケガしてる。治してやるからこっち来いよ。……っち。魔石全部使っちまった。クルト、予備あるか?」

 クルトの治療を試みたルディは持ってきた魔石は予備も含めすべて使い切っていることに気が付き、舌打ちをした。ルディ自身の魔力もかなり消耗している。このままでは治療ができない。

 「予備はあるけど……。ルイ、結構魔石持ってきてたよね?ルイは大丈夫なの?」

 「それこそ、慣れてるから大丈夫だよ」

 心配そうにいうクルトを安心させるようにルディがこたえた。いつもかなりの人数を治療しているだけのことはあり、多少疲れはあるものの身体に不調は感じていなかった。もう少し予備の魔石があり、ルディ自身の魔力を使っていなければ、もっと元気だっただろう。

 ルディはクルトから魔石を受けとると、傷に手をかざし治療していった。はじめは遠慮していたクルトも、傷をなめるなとルディに叱られ、おとなしく治療を受けている。5分もたたないうちにクルトの全身から小傷が消えた。

 

 「先輩たち、大丈夫かな?魔獣は3羽いたから、2羽は違う人のところだよね?」

 「そうだな。大きなケガがなければいいんだが……」

 クルトから受け取った魔石も数が少ない。大きなケガだと満足な治療のできない可能性があった。ルディは、たしか馬車には予備の魔石が積んであったはずだと思い出した。2人はひとまず馬車へと戻ることにした。


 「おーい。ルディ、クルト。いるか?」

 2人が馬車を目指して歩いていると。2人を呼ぶ声が聞こえた。クルトが大きな声で返事をすると、前方から2組の魔導士が走ってくるのが見えた。

 「ルディ、クルト!よかった。無事だったか」

 「先輩こそ、御無事で安心しました」

 ルディたちが大きなケガをしていないのを確認すると、魔導士は安心したように息を吐いた。かなり心配してくれていたようだ。

 「俺たちは幸運なことに、グレイス・ピジョンに追われずにすんだんだ」

 「あの魔獣は経験を積んだ魔導士でも苦戦することがある。君たちの方に行ったことが分かったときは、肝が冷えたよ。無事でよかった。さぁ、みんなのところに戻ろう。みんな心配しているよ」

 魔導士たちに先導されて、ルディとクルトは馬車へと戻った。4人の話だと、残りの2組の魔導士たちも魔獣を退けて無事らしい。ルディは胸をなでおろした。


 「ルディ、クルト!よく無事にもどってくれた!」

 馬車に戻ると、上官が感極まったように2人にハグをした。

 「最悪の事態も頭をよぎったぞ!よくやったな」

 「本当によかったよ。助けに行けなくてごめんね」

 魔導士が申し訳なさそうにいった。馬車で6人を待っていた魔導士はケガをしていた。重症ではないが、それなりに大きなケガだ。この2組の魔導士たちもグレイス・ピジョンと死闘を繰り広げていたのだろう。ルディも治療が遅れてしまったことを申し訳なく思った。

 ルディは上官から馬車の魔石を使う許可を得ると、魔導士たちを治療してまわった。


 「どうやって魔獣を倒したんだい?ルディもクルトも、遠距離魔法は苦手だろう?」

 帰りの馬車で、1人の魔導士がたずねた。他の魔導士も興味があるのか、聞き耳を立てている。上官もちらちらとこちらをうかがっているようだ。

 「最初は撃ち落とそうとしたんですけど、全然だめで……。最終的にクルトが切ったんです」

 「あの鳥を切ったのかい?すごいな。よくとどいたね」

 「ルイが結界で足場を作ってくれたんです」

 クルトが説明を加えると、魔導士たちは驚いたようだった。

 「へぇ。結界にそんな使い方があるなんて、思いつかなかったよ。覚えておこう」

 関心した様子の魔導士たちを見て、なぜかクルトが得意そうだった。ルディが褒められてうれしいらしい。

 「クルトもすごい度胸だな。見えない足場で走るなんざ、なかなかできないよ」

 別の魔導士が感心したようにクルトを褒めた。ルディはうんうんとうなずく。クルトはルディを褒めるが、今回のMVPはクルトだと、ルディは思っている。


 馬車が養成所に到着すると、上官は解散の号令をかけた。魔導士たちがそれぞれの部屋へと戻っていく。ルディとクルトも上官に別れの挨拶をすると、自室へと戻っていった。

 討伐任務の後には、1日休みがもらえる。次の日は朝寝坊をしようと決心し、ルディは目覚ましを掛けずに就寝した。

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