三章 初陣
三章 初陣 1
時は流れ、一ヵ月がたった。明日はいよいよルディとクルト実践デビューの日である。ルディたちデビュー組は任務の説明があるため、普段は魔法の講義に使われている教室に集められた。ルディとクルトが教室に入ると、先に到着していたヘルマンとダニエルが手を振ってきた。ルディたちも軽く手を上げそれにこたえる。ルディとクルトの後に続いて、もう一組、マルクスとシルビオが入ってきた。今回の任務はこの9人で行われる予定だった。もちろん、ダニエル組とシルビオ組も今回が初任務である。ほどなくして、任務に同行する予定の教官と先輩方が入ってきた。
「それでは、任務の説明をおこなう」
教官から声がかかり、ルディは背筋を伸ばした。緊張しているのはルディだけではないようで、普段はおどけた態度をとるヘルマンも真面目な様子だ。
「今回の任務はフレイムサーベル一匹の討伐だ。この付近の野原で目撃されている。主要な道路からは離れていて、今のところ被害の報告はない。はぐれの個体なようで、他の個体の目撃例はない」
フレイムサーベルとは、4足歩行の馬のような見た目の魔獣である。大きさは一階建ての一軒家くらいで、頭に2本の大きな角を持つ。炎のように燃える尻尾を持っており、尻尾と同じ炎属性の魔法が主な攻撃手段だ。図体は大きいが攻撃力はさほどでもなく、低級水魔法で相殺できるほどである。討伐になれた魔導士なら一組でも討伐可能な、低級魔獣だときいている。
「知ってのとおり、フレイムサーベルは低級魔獣に分類される。しかも、今回は群れでなく、1頭の討伐だ。諸君の腕前なら討伐も容易だろう」
教官は9人を見渡し、いったんそこで言葉を切った。
「しかし、実践であることにかわりはない。訓練とは違い、命の危険が伴う。心して挑むように」
「はい」
おおきな返事に満足したように教官はほほ笑むと言葉をつづけた。
「とはいえ、今回は私も諸君の先輩にあたる魔導士も同行する。過度な心配は必要ない」
教官の隣に立っていた1組の魔導士が安心させるように手を振っていた。
「明日の午前6時に、準備を済ませて広場に集合。それでは、解散」
教官の合図で9人は教室を後にした。ルディはなんとなく体が固まっているような気がして、大きく伸びをした。
「緊張してるみたいだな。ルディ」
体を解すように動かしているルディをみてシルビオがいった。
「そりゃ緊張するさ。実践は初だもん。クルトもだよな?」
「僕はそうでもないかな」
隣を振り返ったルディに、クルトは頬をかきながらいった。
「すごいな。腕に自信があるのか?」
そんなクルトを茶化すようにヘルマンがいった。緊張は解けたようである。
「そんなんじゃないよ。一人じゃ不安だったと思う。でも、ルイもいるし、みんなも一緒でしょ。だから、なんとなく安心してる」
はにかむようにクルトがいった。
「そこまで言われちゃ、足を引っ張るわけにはいかないね」
気合が入ったような調子でマルクスがいう。ヘルマンやダニエルも横でうなづいた。
この日の午後は翌日の準備のために、予定が入っていなかった。みんなと部屋の入り口で別れ、ルディは自室に戻った。
ルディは剣を手に取り、刃こぼれがないか入念に確かめた。続いて魔石を入れている巾着をとりだすと中の魔石を数えた。同行の魔導士を除くと、今回のメンバーの中と回復魔法を使えるのはルディだけだ。魔力切れは命取りになる。手持ちでは足りないと判断したルディは追加の魔石を求めて部屋を後にした。
剣や魔石、訓練着など訓練や任務に必要なものは、倉庫係が管理している。必要最低限は全員に一括で支給されるが、各々足りない分は個別に申請を出して受け取ることになっていた。ルディは申請用紙を記入し、倉庫係に提出した。申請はすぐに許可され、準備ができるまでその場に待つように伝えられた。ルディがカウンターの側で待っていると、シルビオのやってくるのが見えた。暇だったルディはすぐに声をかける。
「やっほー、シルビオ。お前もなんか申請あるの?」
「やあ、ルディ。剣が脆くなっていたから、新品に変えようとおもってね。ルディは?魔石か?」
「ご名答。手持ちじゃ足りなそうだったからさ」
壁を背にして、頭の後ろで手を組みながらルディがいった。
「緊張は解けたようだな」
「うーん。緊張してないわけじゃないけど、クルトが言ったとおり、みんながいれば大丈夫かなって」
「そうだな。みんないるから、きっと大丈夫だよ」
申請用紙を書きながらシルビオが同意した。なんとなく大人の余裕を感じる。ルディはなんだか悔しくなった。
「そういうシルビオはどうなんだよ」
「あっ、ルディ、できたんじゃないか?」
奥から職員が戻ってきたのを見て、ごまかすようにシルビオがルディに告げる。ルディはカウンターに向き直ると袋に入った魔石を受け取った。
「じゃあ、また明日な」
「また明日。早く寝ろよ」
「オレ、もう子供じゃないんですけど」
「俺からしたらまだ子供だよ」
子供扱いされて不満げなルディに、笑いながらシルビオがいった。
部屋に戻ったルディは魔石を1つの袋にまとめると、剣とともにベッドサイドに置いた。ベットに横たわると、ノートをペラペラとめくった。今まで習得した魔法の復習をする。特に回復魔法と結界魔法のページはしっかりと読み込んだ。
ルディが窓の外に目をやると、夕暮れが迫っていた。思いのほか集中していたようだ。ルディはノートを閉じると、ベッドから起き上がり向かいのクルトの部屋に向かった。
「クルト、いるか?」
部屋をノックしながら声をかける。しばらくしてドアが開き、クルトが現れた。
「おう。じゃましたか?」
「ううん。準備が終わって休んでたところ」
「夕食、一緒に食べようぜ」
ルディが誘うと、クルトは嬉しそうにうなずいた。
「外、食べに行く?」
「いいや。簡単なものならオレが作るよ」
「明日があるのに大丈夫?手間じゃない?」
「こういう日は普段通りにしてた方がいいんだよ」
ルディの負担にならないか心配そうにいうクルトに、ルディがかえした。
「それなら、お願いしようかな。ルイのごはん好きだし」
2人は連れだって食堂へ向かった。ルディが奥のキッチンに向かうと、クルトはカウンターと近いテーブルに座った。
「いよいよ明日だね。なんだか緊張してきちゃった」
包丁をふるうルディに向かってクルトがいった。
「なんだよ。さっきは平気だっていってたのに」
茶化すようにルディがかえした。
「いや、みんなと一緒だと思うと不安はないんだけど……。それとは別に、僕、ちゃんとできるかなって考えちゃって」
「あー、それは俺も不安だな」
ルディは思わず野菜を炒める手を止めた。ルディとクルトは、ダニエルたちと同様に実力を認められているとはいえ、年上の彼らとは人生経験の量が違う。ルディも任務当日に実力が発揮できるか自信がなかった。
「でもね」
そんなルディを見てクルトが続ける。
「ルイと一緒なら大丈夫な気がするんだ。ほら、一人じゃできなくても、ルイが助けてくれるでしょ」
クルトはルディを見つめるとそういった。クルトがルディを信頼してくれていることが伝わり、なんとなく恥ずかしくなる。ルディも同じく、クルトに全幅の信頼を寄せていた。万が一ルディが平常心を保てなくても、きっとクルトが引っ張り上げてくれるだろうと確信がある。
「そうだな。今までも何とかなってきたし、今回も大丈夫だろ」
2人は談笑しながら食事を済ませ、部屋に戻った。
ルディは寝る前にもう一度忘れたことがないか確かめた。魔石を数え、剣の状態を確かめる。訓練着の他に新しく支給された黒いマントも用意した。この黒いマントは魔導士として認められた証でもある。そんなマントをみて、ルディは誇らしいような、身が引き締まるような、何とも言えない気持ちになった。マントをたたんで訓練着とともにベッドサイドに置くと、ルディは早めに床についた。
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