聖なるオッパイを求めて

荒野荒野

01 王からの依頼

「勇者ホウイチよ。呼び出しに応じてくれて、感謝する」

「王陛下のお呼びとあらば、いつでもまいります」

「もう身体がいうことをきかなくてな。無作法を許してもらいたい」

「顔色はますますつややかにお見受けします」

「世辞はよい」

そう言うと、王はベッドで横になったまま、咳きこんだ。


「ともに戦場を駆けた日々が懐かしいわい。召喚されて、どれくらい経つんじゃったかな?」

「5年になります」

「もうそんなになるか……」


高校生だったオレは、勇者としてこの世界に召喚された。それ以来、剣を振り、魔族と戦ってきた。魔王を倒したのは、まだ1年前のことだ。


「ホウイチよ、頼みがある」

「遠慮なくおっしゃってください、陛下」

「これは、王と勇者としてではなく、ともに死線を越えてきた戦友ともとして聞いてほしい」


オレは居住まいをただし、王の言葉に耳を傾けた。


「頼みとは、ほかでもない。聖なるオッパイを見つけてきてほしいのじゃ」

「聖なる……オッパイ?」


オレは自分の耳を疑った。すでに病巣が脳にまで広がっているのか?


「そうじゃ、聖なるオッパイじゃ。聞いたことはあるか?」

「いえ、寡聞にして……」

「ひと月ほど前、旅の錬金術師が教えてくれたのじゃよ。聖なるオッパイをもめばいかなる病も癒え、もめばもむほど寿命が延びるのじゃと」

「そんなオッパイが存在するとは……」

「ワシも半信半疑じゃった。だが、話を聞いているうちに、本当のことのように思えてきてな。どうか、聖なるオッパイを見つけてきてほしいのじゃ」


そんなものが実在するとは思えなかった。それでも、オレが引き受けさえすれば、希望を抱き、元気を取り戻されるかもしれない。


「わかりました。必ずや見つけてまいります」

「おお、頼まれてくるるか。ありがたい……」

「さっそく捜索隊を編成いたします」

「いや、できるだけ目立たないようにしてほしいのじゃ。横取りしようというやからが出てきては面倒じゃからな。とはいえ、ひとりでは大変じゃろう。あやつを連れていくがよい」


可憐な声が響いた。いくつもの鈴が同時に鳴っているような声だ。


「お父様、お呼びになって?」

「おお、アンジェリクよ」


スカートが大きく膨らんだ青いドレス。はちみつ色の髪を結いあげ、プラチナのティアラを載せている。1年ぶりに会うアンジェリクは、どこからどう見ても王女そのものだった。


「あ、ホウイチ! 帰ってたなら教えてよね!!」

「アンジェリク王女、このたびは王陛下のお召しに急ぎ参上した次第です。なにとぞご容赦ください」

「そうでいらっしゃいましたですか。それはそれは恐悦至極に存じます」


と言ってから、ふたりでいっしょに笑った。


「なにその堅苦しいの! いつもの調子でいいのに」


王は微笑みながら、オレたちを見ていた。


「ホウイチよ。おぬしが女人を遠ざけてきたことは知っておる。だが、今回の旅にはこやつを連れていってもらいたいのじゃ」

「なになに? おもしろいこと? わたし、行くよ! いっしょに行くよ!」


アンジェリクは、王女でありながら、すぐれた魔法の使い手だ。彼女がいてくれれば頼もしい。


翌朝早く、オレはアンジェリクと城を出た。

「ふわぁ、朝はまだ寒いよね」


アンジェリクの口から白い息が広がる。


「寒いなら、もっと服を着ればいいのに」

「この方が魔力が出るんだもん」


アンジェリクが身に着けているのは、ビキニを大きくした程度の黒い革とえんじ色のマント、それとブーツだけだ。魔力は自然界の精霊から借りるものなので、肌の露出が多いほど強い魔力が使えるのだ。


城下の大通りを進むと、商人や農家の人たちが朝市の準備をしていた。


「アンジェリク様に勇者ホウイチ様、おはようございます!」

「おはよう、八百屋さん」

「おでかけですか?」

「そうなの。秘密の探し物にね!」

「お気をつけて」


街の人が声をかけてくると、アンジェリクは笑顔で応える。旅人に扮しているのだが、城下では顔でわかってしまう。


「秘密の探し物とか、あんまり言うなよ」

「わたし、くわしいこと聞いてないんだけど、なにか探しに行くんだよね?」

「そうだ。王陛下の病を癒し寿命を延ばすものをな」

「すごーい! そんなのあるんだ。古代のアーティファクト? 大魔導士のスクロール?」

「そういうものじゃない」

「じゃあ、なに?」

「…………」

「なんで教えてくれないの? ねえ、いっしょに探すんだから、教えてよ!」

「オレたちが探すのは……聖なるオッパイだ」

「ええっ! 聖なるオッパイ……。ぷふっ! ホウイチがそんな冗談を言うなんて! あははは。長い付き合いだけど、初めてじゃない?」

「冗談じゃないんだ。王陛下がそうおっしゃったのだから」

「そうなんだ。へー。わたしたち、聖なるオッパイを探しにいくんだ。あはははは! なんか楽しそう」


南門の衛兵所でオレたちは馬に乗った。

「どこまで行かれるんですか?」

衛兵の質問に、アンジェリクは、

「ちょっとオッパイまで!」

「ええっ!?」

「じゃあね!」

と、馬を走らせた。オレはあわてて追いかける。


「おい、オッパイって言うなって!」

「なんで?」

「秘密なんだからさ」

「いいじゃない。オッパイなんて言われても、だれも意味わかんないよ」

「それに、王女様が人前で使う言葉じゃないだろ」

「そうかなあ?」

「そうだよ」

「わかった……。もう言わない」

「そうしてくれ」


しばらく馬を歩かせていたが、いきなりアンジェリクは、

「オッパイ!」

と叫んで、駆けさせた。

「やめろって言ってるだろ!」

「あはは! 捕まえられたらやめてあげる!」

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