第36話 最終兵器
「ダメージはあるはずなのですが。萎えるどころか、ギアが上がっているようですな」
「……嫌になりますね。打たれ強くて」
戦力差は圧倒的なはずなのに、ココノは少しもめげていなかった。わずかでも付け入る隙があれば即刻突き崩してやるとばかりに抜け目なくこちらを観察しており、放たれる殺気は手負いの獣のように峻烈さを増すばかりだ。
ぼくらがペースを握ってるように感じるけど、別人格たちはむしろ警戒心を強めていた。
「忘れてるかもッスけど、
「協力して、一気に押し切るのである。吾が輩が指揮するが、構わんな?」
全員異議なし。
伝えられる言葉は最小限で、即座に行動へと移す。
最初と同じく、先陣を切るのはヘキサ兄さんとハチ公――と、見せかけて、
「空心流、奥伝――」
仕掛けるのは、後ろのリー老師が先だ。
一歩前に出ると、気を練りながら手の平をココノへと向けて、
「――
投げのモーション。
大規模攻撃を躱した直後で、遠く距離は離れているのに、まるで相手を掴んでいるみたいに投げ技を放った。
傍から見れば、悪ふざけみたいな動き。なのに――がくっ!? と、急にココノは平衡感覚を失って倒れ込む。
「は……!?」
倒れながら、なぜ倒れていくのか理解できないという顔だ。
触れることなく投げる、なんてインチキを、霊術も魔法も使わずに行うなんてイメージできるはずもない。対処もままならず、ココノは再び地面へと衝突する。
倒れたココノに、ヘキサ兄さんとハチ公が到達した。
二人を見て、気付くだろうか。兄さんの使うナイフのデザインが変わっていることに。ハチ公に首輪が着けられていて、牙に属性を帯びた魔力を供給していることに。
「あああああああああああああっっっ!!?」
黒ずんだ剣刃がココノの胸を突き、咬みつきが脇腹を抉った途端、耳をつんざく絶叫が響き渡った。一度目の攻撃では声も上げず、触手に囚われた際にもここまで叫ぶことはなかったのに、明らかに異常な痛がり方だ。
「武器作成、『
ナナ姉さんが悪い顔で、二人に渡した武器について解説する。……理には適ってるんだけど、ちょっと引いた。
「ぐあああっ! あぐっ! ああああああっっ!! ……っく、うううう……舐、めるな!」
【渦】!
痛みで思考は塗り潰されているはずなのに、ココノの指はなおも古式呪紋を描く。
効果は大渦巻。
尋常でない霊力が、全体の空間をかき回した。渦の中心に飲まれた兄さんやハチ公は耐えられずに引き剥がされ、後方にいた他の人格も巻き込まれて、まとめてシェイクされる。
唯一ココノだけは、正確に霊術の範囲から外されて、傷付いた体を復元しながら呼吸を整えた。
「はあ……はあ……この、程度。妾の恨み、部族の無念に比べれば、どうということはないわ……!」
「ならば、届くまで続けるだけである」
【対象:指定魂魄】
【効果:指定、座標転換】
【発動:即時】
渦に巻かれながら、デュオ陛下の霊術が完成した。
大渦巻の打ち消しには失敗したけど、備えていた転移霊術はみんなを脱出させてくれる。そして、ココノの眼前には瞬間移動したヘキサ兄さんとハチ公のコンビが。
「三度も通じると思うな!」
【斬】!
【斬】!
カウンターの霊術に、迎え撃たれた。
鋭く歪んだ空間は、刃物とは似て非なる切断力を持つ。ヘキサ兄さんが、細切れにされる。ハチ公の体躯が、輪切りにされる。ただの一閃で、二人の体はバラバラにされ――――
「いい加減にィ、くたばれや!」
「がうッ!」
そのまま動いた。
精神世界の体とは、非実体の魂がイメージで具現化しているだけだから、外見的に破壊されることが直結して問題になるわけじゃない。形が崩れようとも変わらない、強い魂、強い想いがあれば戦い続けられるのは、ぼくらだって同じことだ。
兄さんの手が独立して斬りかかる。
ハチ公が首だけになって喰らい付く。
「ぐわっ!? ……お、おのれ。今ので死ねばいいものを!」
「そりゃァ、こっちの台詞すぎんだよクソ
兄さんたちはバラバラになった体を繋いで戻し、二人がかりで押し切ろうとする。
ココノも負けじと、【捻】の古式呪紋で雑巾を絞るように空間を歪めて、二人の体を捻じり上げた。
「ぐ……ああああ!」
「ギギギ……んの、ヤロ……」
「グルルルル……」
「――空心流、
リー老師の介入。
二対一で拮抗しているところを、横から三人もろとも突き崩す。
兄さんとハチ公は異心同体で通じていたから正しく受け流し、結果としてココノだけが全員分の体重に押されて投げ出されることになった。
地面を転がるココノ。
早くも柔術の投げ技に慣れてきたか、体を丸めて受け身を取りダメージを減らすと、起き上がり様に【斬】! 霊術斬撃を連発する――――誰もいない方向へ。
「ぬっ!?」
「
そこにいないのに、そこにいると見せかける怪盗の幻術で惑わせて、ここからは四対一だ。
斬りかかるヘキサ兄さん。その背中をリー老師が小突くと、筋肉が脱力して太刀筋が急変。見切っていたはずのココノに深い斬傷を刻む。
牙を剥くハチ公。そこへクイントさんが魔法をかけると、幻の頭部が追加されて、三頭犬へと変身する。
直接攻撃するのは変わらず二人だけど、その手段が格段に増した。
多彩で複雑になった攻め手に、ココノは単純な古式呪紋を描く余裕すらなくなっていく。単発的になれば陛下による打ち消しもしやすくなって、さらに追い詰められていく。
「すごい……!」
ここまで、おおよそ陛下の考えた画の通りだ。
綿密な打ち合わせをしたわけでないのに、チェックメイトへの順路が出来上がったことに驚かされる。
だけど、ココノは事ここに至ってもまだ折れる様子がなかった。
魔法武器の傷に痛覚を焼かれながら、自慢の霊術もまともに仕えない状態で耐え続けている。勇者の眼光は熱く燃えたまま、殺人鬼の剣戟と白犬の牙を追いかけ、リー老師とクイントさんによるサポートにも注意を払い、なおかつ後方の別人格のことまで観察する。
尽きることのない憎悪。
狼の子孫を名乗るにふさわしい執念深さ。
決して諦めず、足掻きに足掻いて、敗北を先延ばしにしながら――――……目が合った。
「っ!?」
気のせい、じゃない。
ほんの一瞬だけど、たしかに視線が交わって、背筋に冷たいものが触れた。
【歪】!
ココノの指が動く。【禁】、と陛下がすかさず打ち消して――【移】! 消された直後に、二つ目の呪紋。
息つく暇もない猛攻を受けながらの霊術連発は致命的な隙を生んで、その喉笛をハチ公が噛み砕くけど、霊術は正確に発動した。
――転移の効果により、ココノの体が消える。
――獲物を失ったハチ公の牙がガチッと虚しく鳴って。
――ココノが現れたのは、最後尾。
――ぼくとフィアちゃん。戦闘に加わらず、眺めてるだけだった年少組の眼前だ。
「ひっ! こっち来たの!?」
「……童っぱ。貴様、『主人格』と呼ばれておったな?」
血まみれ傷だらけの体を押して、ギラリと眼が殺意に光る。
「貴様が、八魂のアキレス腱と見た!」
拳を振り上げた。
霊術を使うより殴る方が早いのは、その通りだ。
陛下や姉さんがフォローに入る暇もない。他の四人も遠すぎる。フィアちゃんは、ぼくの後ろで震えているだけ。そして、ぼく自身には、バトル系の人格複数を相手に耐久できる勇者と渡り合うほどの能力なんてない
……すごいな。
素直に、感心する。
あんなに追い詰められても、身を捨てて逆襲の一手を掴んだココノに。
そして――そこまで読んでいたデュオ陛下に。
『よいか、主人格どの。必ずや、ココノはそちらに狙いを移す。だから……』
受けた指示を思い返す。
拳が届くまで、猶予は一瞬だ。
「フィアちゃん――」
背後に手を伸ばす。
服の裾を掴んで恐れ戦いている、小さな女の子。
いつも心の声としてしゃべるだけで、表には出ようとしない臆病な彼女を、ぼくは摘まみ上げて、
「――ごめん!」
盾にした。
「ぴぇ!?」
「なっ!?」
思わぬ行動に驚いても、拳は止まらない。
フィアちゃんは手毬よろしく地面へと殴り落とされて、バウンドする。空中で逆さになった彼女の顔は赤く腫れてしまっており、それがクシャリと歪む。大きな目は皿のように見開かれていたのが、涙がにじんできて――グリンッ、と裏返った。
*
シエル・I・アルクアンの第四人格は、幼い女の子だった。
前世はナナやクイントと同じ異世界だが、数十年ほど古い年代の人物であり、二人は過去に起こった事故として聞いたことがあった。
享年五才。
死因、魔力の暴走。
生まれつき有していた莫大な魔力が制御されずに放出された結果、半島一つを消滅させる大災厄を引き起こした。当たり前だが目撃者もおらず事実関係は不明であったが、長年に渡る調査の末に、当時現地にいたとされる『魔力に恵まれた少女』が原因であると結論着けられた。
彼女こそがフィア。
つけられた仇名は、“
*
「ぴぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
フィアちゃんの小さな体からは想像もできない大絶叫とともに、生物から発されるとは信じられないケタ違いの魔力が放出された。
前にナナ姉さんが教えてくれた異世界知識だけど、本来なら魔力っていうのは霊力と同じで、呪文を介さないと物質世界には影響を及ぼすことのできない精神エネルギーの一種なんだそうだ。
だけど、あまりにも大量の魔力が充満しているところだと、何もしないのに魔法現象が発生することがある。【
それを、フィアちゃんは自前の魔力を開放するだけで引き起こすことができる。
『大人になって、魔力もコントロールできるようになってたら、世紀の大英雄か最強の大魔王かのどっちかになってたと思うッスよ』
話を聞いただけだと実感がわかなかったけど、身をもって理解した。
これはもう、人間というより生きた自然災害に近い。胎内での主導権争いで、フィアちゃんが生き残ることができたのも納得だ。
吹き荒れる魔力は、精神世界だから魔法現象に変換される必要もなく暴虐の限りを尽くしている。フィアちゃんの感情の爆発に当てられて目は見えず、耳も鼻も利かず、ぼくにできるのは嵐が過ぎ去るのを待つことだけだ。頭を抱えて、数秒にも数時間にも思える時間が経過。
そして、唐突に静かになった。
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