夢幻の楽園
瑞樹(小原瑞樹)
第一話 渇きの学園生活
ある少女の日常
平成三十年五月上旬、午前八時二十五分。公立
その中に一人、目を引く女子生徒の姿があった。色の抜けたストレートの長い髪に、しっかりアイラインを引いた吊り上がり気味の目、何回も折っているであろう丈の短いスカート。その姿はクラスの中で目立つタイプの女子のように見えた。だが、彼女はそうしたタイプの女子と群れる様子もなく、一人淡々と教室を目指して歩いている。
もちろん、彼女が一人で登校しているからといって、それだけでは何ら不思議なことはないだろう。待ち合わせをしていた友人が遅刻して、一人先に来ただけかもしれない。
しかし実際には、彼女はいつも一人だった。いつもむっつりとした顔をして、周りに興味を示す様子もなく大股で歩いている。何も知らない人がその姿を見たら、彼女はきっとクラスの女子のリーダー的存在で、誰もが彼女に恐れをなしていると思うかもしれない。
だけど、現実は違っていた。彼女が教室に入っても誰も彼女に寄ってくる者はいない。彼女が登校してきたことなど気づいていないように、誰も彼女の方を見ようとはしない。そして彼女自身も、誰の元に行くわけでもなく、自分の机に鞄を下してそのまま席に着く。そしてそのまま始業のベルが鳴るのを待つ。誰かと朝の挨拶を交わすこともなく。それが彼女の日常だった。
リーダー的存在からは程遠い。彼女は、いつも一人だった。
彼女の名前は
どうして凜がこのような境遇に置かれることになったのか。そもそものきっかけは高校への進学だった。
凜の地元には、大学進学率や就職率の高い私立高校がいくつかあり、中学の友達はほとんどそちらの高校に進学していた。凜もそちらに進学したかったのだが、家庭の事情から高い学費が払えず、公立に進学せざるを得なかったのだ。
それでも、最初から一人になると思っていたわけじゃない。いくら知り合いがほとんどいないとはいえ、友達なんて普通にできると思っていた。凜は特に人見知りなタイプではないし、今までだってすぐにどこかのグループに入ることができた。だから今回も、友達ができないかもしれないなんて心配はまるでしていなかった。
確かに、最初からグループが出来上がっている感じはあった。同じ中学から進学してきた子がそのまま仲良くしていて、一人でいる子はほとんどいなかった。
それでもまだ、凜は何とかなるだろうと思っていた。現に近くの席の子とはよく話していたし、教室移動の時には一緒に動いていた。その子が属していたのは『目立つ方』の女子のグループで、凜は自分もそのグループに入ることになるのだろうと、その時は漫然と考えていた。
だけど、入学から一か月が経っても、凜がそのグループに入れる気配はなかった。
自分から会話に加わろうとしたこともあったけど、凜が入ると急に皆が黙ってしまって、変な空気になってしまうのだ。凜はおかしいと思ったが、最初は気づかない振りをした。一人だけ違う中学の出身だから、受け入れてもらえるまでに時間がかかるんだろうと、そんな風に考えて自分を安心させようとした。
しかし、変な空気が解消される気配は一向になく、それどころか、凜が会話に加わろうとすると、皆が睨むような視線を凜に向けてくるようになった。お前はこのグループにいていい人間じゃないと、そんな風に言われている気分だった。
さすがの凜も、そんな態度を取られてまでそのグループに入る気にはなれなかった。だけど、その時にはもう他のグループもでき上がっていて、凜はどこにも所属することができなくなってしまったのだった。
どうして凜が『目立つ』女子のグループにそんな態度を取られたのか。それは、凜が単に違う中学の出身だからではなかった。原因は、凜が仲良くしていた女の子だった。
彼女の名前は
侑李と凜は出席番号が続きだったため前後の席になり、好きなアーティストが一緒なことで意気投合した。侑李は凜のことが好きだったし、自分のグループの子達も凜を好きになるだろうと思っていた。
ほとんどの子はそうだった。だけど一人だけ、凜のことを気に入らない者がいた。運が悪いのは、それが本物のリーダー的存在である
目立つタイプの女子グループの中でも、久美は最も目立つタイプだった。ショートカットの髪にぱっちりとした二重の目をした顔はアイドルのようで、すれ違う男子が思わず振り返るほどだった。
だが、その性格はお世辞にもいいとはいえず、自分の気に入らない者はとことん無視するという意地の悪さを持っていた。久美に嫌われたが最後、それはクラスからつまはじきにされるということを意味していた。
凜が敵に回したのはそういう相手だった。侑李は久美の親友であり、久美は侑李と一番仲がいいのは自分だと思っていた。それなのに、侑李は自分の全然知らない中学から来た女子生徒と仲良くしていた。久美はそれが許せなかったのだろう。その時から、凜の運命は決まってしまったのだ。
あれから一年、何の因果か、凜は再び侑李と久美と同じクラスになった。だが、もちろん二人のグループに入れたわけではない。久美がいないところでは侑李は時々話しかけてくれるけれど、それでもずっと一緒にいられるわけではない。最初は寂しかったけれど、凜はもう一人でいることに慣れてしまった。一人で教室移動をするのも、お弁当を食べるのも平気だ。周りが何と思っているかは知らないけれど、意識しなければ気になることはなかった。
それでも凜は時々思う。こんな風に周りを遮断して、誰とも関わらずに一日を過ごして、自分はいったい何をしているんだろう。このまま何の思い出もないまま卒業して、その先自分はどうなるんだろう。大学に行くとか、就職するとか、そろそろちゃんと考えるように担任は言うけれど、自分が何をやりたいかなんてわからない。というより、自分が何のために生きているのか、それすら凜にはわからなかった。
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