第12話 成長している……はずなんだけどそれでも勝てないから実感がない
「じゃあヴェルナー、本気できなよ」
「……っ、行かせていただきます」
訓練場の端っこで、俺と先輩は向かい合う。中央はハンス衛兵長の部隊が訓練してるから邪魔にならないようにだ。
先輩はいつものように鎧姿、一方俺は革の胸当てのみといった軽装。先輩に対して防御力は役に立たないし、鼻が利いてるのに体が
ショートソードを構えて――先輩の元に思い切り駆け出す!
「はぁっ!」
「うん、良い攻撃の鋭さだ! でもぉ……」
「っ!」
軽々しく槍で受け止めた先輩から、濃い殺気の臭いがする! 右、左脇――胸の中心ッ!
臭いが濃い順に素早くショートソードの剣身を持っていくと、次の瞬間には槍の穂先がぶつかり
考える暇も与えられない高速での連続突きに、俺は鼻を頼りに捌いていく。
「毎回思うけどっ、君って、本当にすごいね!」
「はぁっ、くっ、どうも……ッ!」
「焦ってきてるよヴェルナー! ボクの言ったこと思い出して!」
『手数を増やされて対応しきれなくなるとすぐ大振りになる』……先輩のアドバイスを思い出しながら俺は右肩を狙った先輩の鋭い突きを
焦るなヴェルナー、臭いの濃さを嗅ぎ分けろ。一突き一突きに乗っている殺意の高さに思わず大きく避けようとなってしまう身体を抑えつけて、先輩の槍を俺は見続ける。
「良いよヴェルナー、1分だ!」
「はぁ……はぁ……っ、ここからです!」
「うん、少し本気を出すよ!」
先輩が槍の中央を片手で持つ。腰に槍を引く動作ではなく、軽く身体から離すような動作……突きじゃない払いだ!
右から左へ、横一線に一瞬流れる殺意の臭いから逃げるように俺は大きく屈む。次の瞬間、頭上を
それが槍であると認識した瞬間にはすでに先輩は槍を地面に突き刺して、それを軸に遠心力を乗せた蹴りを放っている。
俺はギリギリ剣を差し込んで蹴りの直撃を免れる……が、折角詰めた距離を離され大きく後退させられた。
「くっ、また槍の間合い……ッ!」
「駄目だよヴェルナー、相手から目を離したら」
「……精進しますッ!」
ズボッと槍を地面から抜いて構える先輩に、再び突っ込む俺。先輩に一撃入れるには、先輩の間合いに潜りこむしか道は無い!
だが先輩も間合いをそう簡単に潰させてはくれない、突きによる
「初手に距離を詰められたのは手加減されていたからか……ッ!」
「正解っ、だけどさっきの状態でも詰められる人はほんの一握りさ! 自信を持っていいよ!」
「『先輩に一撃入れる』まで、どれだけかかるか、分かりませんね!」
激しい連撃に、ショートソードを合わせるので精一杯な俺がそう嘆く。先輩が面白おかしそうに笑いながらも手は止めずに俺を攻め立てていく。
「ボクは先輩だからね! そう簡単には負けてやらないさ!」
「はぁ、はぁ……本気を出される前に、一撃入れる……っ、しかなさそうですね!」
「じゃあ今度から最初から本気で行くしかないかなぁ~?」
「そんな!ふぐぅ……っ」
集中力が切れた瞬間を狙って先輩の槍の柄で放った突きが腹に刺さる。崩れ落ちた俺に先輩が軽く息を弾ませながら嬉しそうに近寄ってきた。
「君にはもう手加減は必要ないってことだよヴェルナー。強くなったね」
「ふっ……くっ、いつも地面に転がされていると強くなった気がしません……」
「あっはははは! 大丈夫だよヴェルナー、君は強くなってる。うーん……ハンスさーん」
少し考えた先輩は、一緒に訓練していたハンス衛兵長を呼ぶ。シータが倒れて白い太ももが露出しているのをじっくり観察していたハンス衛兵長が立ち上がって近づいてきた。
「どうしたカタリナ?」
「いやぁ、キモイなぁって」
「罵倒するためだけに呼んだのか!?」
「あー違う違う。ヴェルナーと戦って欲しいなぁって」
先輩がことも何気にそんなことを言う。先輩と一緒にうわ衛兵長きっもと引いた目で見ていた俺は、突然の出来事にビックリして先輩を方を向いた。
「先輩!? こんな変態でも衛兵長ですよ! 俺には勝てませんって」
「まあボクも勝てないとは思うけど――『一撃入れる』っていう条件なら、ハンスさんになら出来ると思うよ」
「ほう……そんなにか、カタリナ」
「そんなにだよ、ハンスさん」
待って、勝手に話進めないでください先輩。ニヤリと好戦的に笑って背中の大剣引き抜かないでくださいハンス衛兵長。周り囲まないでくださいみなさん!
「いけー! 一撃と言わずにぶっ殺しなさいヴェルナー!」
「いやぶっ殺すは無理だシータ……」
「はぁ? あのエロしか考えてない衛兵長の頭なんて要らないでしょ!?」
「それはそうなんだが――」
同意するなよヴェルナー!?とハンス衛兵長がツッコむが仕方ない。俺も『衛兵』という秩序と法を守る職業である以上、衛兵長の首は要らないかな……って思ってたんですから。
「くっそぉ、どいつもこいつも衛兵長である俺を馬鹿にしやがって……ヴェルナー! 俺に一撃も入れられなかったら衛兵長権限で女性兵士はスカートをギリギリまで短くすることを義務化してやる!」
「うおおおおおおおお!」
「流石衛兵長様だ!」
「負けろヴェルナー! いや降参しろ!」
……欲に忠実な衛兵どもである。先輩とシータの顔を見てみろ、すっごい嫌そうな顔しながらこちらを向いて『絶対勝て』って目力で訴えてきている。
そんな先輩が、一歩俺の目の前に出てきて「ボクたちだけが一方的なのは勝負として不公平だろう?」と条件を追加した。
「ヴェルナーがもしハンスさんに一撃いれたら……ボクたちの給料、ハンス衛兵長から天引きして上げてね?」
「ちょっ、それは――」
「よっしゃそれで行こう! お願いします衛兵長!」
「テメェら自分に被害がないと分かった瞬間、随分と乗り気だなぁ!?」
くっそおやってやらあああああ!とヤケクソ気味に息巻く衛兵長を前に、俺はため息をつきながらショートソードを構える。
ハンス衛兵長の大剣は重く力強い――が、先輩ほど小回りが利かない欠点がある。それだけ一撃で仕留めるという技術は目を見張るものがあったが……いかんせん俺との相性が悪すぎた。
結果は……訓練場の端っこで「俺の給料が……ぐすん」と地面に『の』の字を書いている衛兵長を見て察してほしい。
「ね? 強くなってるでしょ?」
「えぇまぁ……衛兵長がそもそも『多少のダメージは気にしない!』といった戦法だからというのもありましたが」
「あれは雑とか脳筋って言うんだよ。ハンスさんもこれに懲りたら怪我しない戦い方しなよ~?」
「うぐぅ……覚えてろーっ!」
先輩の煽りに泣きながらハンス衛兵長が敗走する。悪い人ではないんだけどなぁ……なんでこう小物のムーブが似合うのだろうか?
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