第10話 商人とはリスクとリターンが見合う商売をするのが上手い
イザベルさんが貴族?と俺が首がひねっていると、イザベルさんが可愛い坊やだねぇと笑いながら説明してくれる。
「あたいは商人だったんだけどさ、こうして娼館を営んでるといろいろ貴族関連の問題があってねぇ……だから爵位を『買ったのさ』」
「買った……?」
「女に溺れて、借金で首が回らなくなった貴族から爵位を買い取ったんさね。ヴェルナーと言ったかい? 女は怖いから注意しなよ」
そう言ってウイスキーのボトルを開けたイザベルさんが微笑んだ。なるほど、貴族街に住んでいない貴族というものを初めて見たから、イザベルさんが貴族であることに違和感を持っていたのだ。
その違和感を払しょくされた俺は、イザベルさんに感謝して素直に礼をする。
「ふむ、女に教えられても激高せず素直に聞き入れる。ねぇカタリナ――」
「あげませんからね」
「ぶー、カタリナのいけずー。こんな好青年、今どき珍しいさよ? 容姿よし、性格よし、極めて仕事も堅実な衛兵と来ちゃあ……狙う女も多いんじゃないかい?」
イザベルさんのそんな問いに、先輩は「美人のボクがいつもいるから大丈夫なんだもん!」とぷいっと横を向いた。
「……カタリナ、独占欲は女の愛嬌だけどね。後輩可愛さに引っ付いてたら、お互い婚期を逃しちまうよ」
「うぅ、ボクはまだいいもん」
「ヴェルナーの気持ちも考えな……っと、この年になるとつい若い子に説教くさくなっちまうさね」
話を戻そう、とイザベルさんが言う。この年――って、どう見ても先輩の2つか3つ上ぐらいの年齢にしか見えないのだが……
俺はそう思ったが口には出さない、女性に年齢の話はデリケートだとハンス衛兵長の失態から学んでいるのだ。
「まずは事情を聞こうかいね」
「あのね――」
先輩がイザベルさんに今日起きた出来事を語る。エルフの話が出てきたときにイザベルさんが目を丸くして驚いていたが、話を遮らずに最後まで聞いていた。
「――というわけで、『秘密裏に誘拐されたエルフを返したい』んだよ」
「なるほど、それであたいに相談しに来たってわけさね」
「どう? なにかいい方法はある?」
先輩がそう聞くと、イザベルさんがそうさね……と頬に手を当てながら考え込み始める。その間に、俺は気になっていることを先輩に聞くことにした。
「先輩、普通こういった依頼って冒険者に国から依頼として出しますよね?」
「まあ普通の人間ならねぇ~。でも今回はエルフ、普通の護衛依頼だと色々問題が起こるのさ」
「問題、とは?」
俺がそう聞くと、先輩は苦笑いしながら「エルフが人間と断交しているのはハンスさんから教えてもらったよね?」と言いながら説明をしてくれる。
「冒険者……というか人間みんな、エルフの森には近づけないんだ」
「近づけない?」
「人間がエルフの森に近づいたら、見張りのエルフが容赦なく攻撃するからね。もしあのエルフの少女を連れて冒険者たちがエルフの森に行ったら――」
何を言ったところで命の保障はしてくれないだろうね、と先輩はそう言った。
エルフの寿命は人間の数十倍と言われており、そのせいで時間間隔が人よりも長いということを噂で聞いたことがある。
20年も前という人間の感覚も、エルフにとっては昨日のような出来事として覚えているのだろうか?
俺がそんなことを考えていると、イザベルさんもため息をつきながら俺が考えていたことと同じようなことを話す。
「20年なんてエルフにとっては昨日と同じ感覚さね、人間の憎しみが薄れるまでに軽く数百年は必要さ」
「だよねぇ……個人的にはエルフ側に『誘拐されたエルフを保護している』という手紙を送って、向こうから来てくれるのを待つのが丸いと思うんだけど」
「なるほどねぇ。カタリナの思惑通り、確かに今でも手紙で連絡を取っているエルフの子はいるさよ」
そのための特殊なルートも持っているさねとイザベルさんが微笑みながら頷くと、先輩の顔が明るくなる。
だが、ただねぇとイザベルさんが先輩の
「流石に今回はあたいが持つには
「で、でもそうしないとエルフと全面戦争になってヘリガが……」
「危ないってのはあたいも分かるさね。ただ手紙をあたいが書いて送る以上、
リスクに見合うリターンを見れない商人は三流以下のごみくずさ、とイザベルさんはそう言ってこちらを値踏みするような目を向ける。
馬鹿な俺でもイザベルさんの言いたいことが分かる、つまりは『この仕事に対しての報酬を提示しろ』ということ。
俺は渋い顔をしている先輩に耳打ちした。
「先輩、ここは引きましょう。これは俺たちだけで決めていいことではないです」
「そう……だよねぇ。あせっちゃいけないか、イザベルさん」
俺の言葉に納得した先輩は、イザベルさんに対して真剣な顔をして頭を下げる。
「ごめん、これは問題が大きすぎるから国と協力してイザベルさんが良いと思える
「お、成長したさねぇ……昔のあんたなら自分で何とかしようとして『ボクを好きにしていい』とか軽率に言ってただろうから、良い後輩を持ったじゃないか」
「うっ、ヴェルナーがいなかったら言ってた……」
先輩、言おうとしてたんですか……ハンス衛兵長が俺を先輩に付かせてここに来させた理由を俺は察するのだった。
さすがハンス衛兵長だ、エロが絡まないと
イザベルさんが足を組み替えながら妖艶に微笑む。
「依頼自体は前向きに考えているから安心するさね。何よりカタリナの願いさ、多少リターンが見合ってなくても背負ってやるさよ」
「ありがとうイザベルさん! なるべく早く返事が出来るようにハンスさんを脅……尻を蹴ってくる!」
「急かすのはいいけど物理はダメさよ? ま、うちにお金を落とすでも良いけどさ。男娼や娼婦を買わずとも、恋人同士が一泊できるお高めの宿もうちは運営しているさね」
いたずらにイザベルさんが微笑むと、先輩の顔が真っ赤に染まった。この人、相当ないたずら好きだな……というか人が困って慌てている顔が好きなタイプか。
うーん、実直な先輩とは相性が悪そうだ……と俺はやれやれと首を横に振る。
「かっ、帰るよヴェルナー!」
「声うわずってますよ先輩……イザベルさん、ありがとうございます。出来るだけ早くお声がけ出来るように尽力いたいます」
「はいよー。あ」
何かを思い出したかのようにイザベルさんが声を上げると、ちょいちょいと俺に耳を貸すように手招きしてきた。
先輩には聞かされない話だろうか……俺がイザベルさんの言う通りに近づいて耳を傾けると――
「あたいは23さよ」
「……やはりお若かったですか」
「おや、うれしいこというねぇ。貴族で23はもう適齢期の後半だってのに……一人で来たら、あたいが特別なサービス。してやるさね」
……女性というのは、なんとも恐ろしい。俺が気になっていたことも見透かされていたとは。
甘い誘惑の言葉をささやかれて再びグラグラと理性が揺れる音が脳内で響き始めたので距離をとろうとした寸前――
――はむっ
「っ!?」
イザベルさんに耳をあまがみされる! 俺はすぐさま距離を取って噛まれた方の耳を抑えながらイザベルさんの方を見ると……やっぱりあのいたずらな笑みを浮かべていた。
今の俺は間違いなく、先輩と同じく真っ赤な顔をしているだろう……頬が熱い。
「自分がこんなにアワアワしているのに後輩が冷静なままってのは、カタリナの立つ瀬がないさよね?」
「もー! イザベルさんめーっ!」
「………しっ、失礼しました!」
結局、俺たちは逃げ帰るように『帳の秘め事』を後にする。進展はあったが、精神的な疲労がすさまじい一日になった……
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