第2話 どうでもいいけどマカロン食べたい


原材料。

アーモンドパウダー。

粉糖。

卵白。

グラニュー糖。


1.グラニュー糖を入れながら卵白を泡立てる。

2.アーモンドパウダーと粉糖を合わせてふるったものを1に合わせる。

3.泡を消しながら混ぜる。

4.生地を絞り、しばらく表面を乾燥させる。

5.100度くらいで40分~60分ほど焼く。

6.粗熱が取れたら外して、クリームを挟む。


 以上。簡単なマカロンのレシピである。

 これ、正確に言えばマカロン・ムーというらしい。20世紀にパリのお菓子屋が作ったもので、要冷蔵、生菓子に近いものなので衛生管理がこの世界では大変。


「マカロン食べたい」


 異世界からいらっしゃった聖女様がのたまいましたのは、こんなお菓子なんですよ……。



 世の知識の探究者たる錬金術師が、既に滅びたといわれる魔法使いのレシピを試して、私たちを偶然召喚したのは三年前のこと。従姉と今日のご飯はオムライスと如何に美しいオムライスを作るかと競っていたころに召喚された。

 私はフライパンを持ち、従姉は出来上がったオムライスを乗せた皿を持っていた。


 何の因果か、そのフライパンは現在の私の主要武器なのだけど。純度の高い鉄ってとっても高級品だったから、困ったら売り払うつもりである。


 異世界といっても幅広い。

 私たちが来たのは、某ホームズ氏が事件を解決していそうな霧の町に近い印象があった。幸いにしてまだメシマズではない。

 科学と魔法が未分化で、医療すらも混じっちゃうような文化には今でも困惑する。彼らがものすっごい知識人扱いってのが一番……。いや、それは今は関係ない。


 辺鄙なところによくある寄宿舎学校に呼ばれた私たちは、そのまま使用人として働くことになり日々をなんとかやり過ごしていた。

 なお、元の世界に戻す研究は続けられているが、なにせ魔法使いが絶滅危惧種なのではかどらない。本当は、動くはずもないものなんだよと困惑しているので何かしらの介入も想定されている。


 私たちの職場の寄宿舎学校というのは、貴族や中産階級のご子息をお預かりして教育する機関である。通えるのは男性のみ。なお、女性のみが通う学校もある。

 下は10歳から上は17歳まで。反抗期真っただ中。

 そのうえ、こんな辺鄙なところに送られてくるので訳ありばかりと一部大荒れ。


 大変そうねと他人事で日々を過ごしてた。基本的に介入しない。男ばっかり何十人もいるの怖いから。

 ただ、なぜだか優しくされるのはお菓子のねーちゃんだからだそうだ。

 私は元の世界で、パティシエの卵だった。実習の数々により日々お菓子を作らないといけないような強迫観念にとらわれており在庫との相談の上、焼き菓子を焼きまくった。

 その結果、王宮まで名が知れ渡り、新進気鋭のパティシエとして呼ばれたのである。

 おのれ、第六王子。呪いをかけてやる。

 ブラウニーを焼きまくった恩を仇で返して。


 ……まあ、それは、あとでざまぁしてやることにして。

 今の問題は、急に異世界やってきちゃった聖女様への対応である。なんでも大聖堂の秘儀の間に忽然と現れたそうだ。

 ごくまれに聖女が異世界からやってくる。そんな事前情報知らなかった。


 私たちをうっかり呼びつけた錬金術師もそれを知らなかったみたいで、口をあんぐり開けていた。その中にクッキーを入れるいたずらをして、その後、怒られた。

 つい、見たこともない間抜け顔してたので。

 いや、私も現実逃避したかったんだ。


 そして、今、聖女様の無茶振りをおそらく執事とか従者とかそんな人から聞いたところ。

 料理人は下級使用人とも言えないけど、上級でもないので貴人には直接会わない。そのルールは大変うれしい。

 同じ日本人だったらきっとバレる。

 

「……しらないです」


 しばし考えて首を横に振っておきました。知ってる。それめっちゃ難易度高いの知ってる。


 さて、原材料も多くない、工程も難しそうじゃないマカロン。これの難易度を上げているのが砂糖。精製済みというのがポイント。

 それ、日本で言えば大正時代くらいの技術レベルが必要。精製ってこんな感じというのは伝えられても技術を伝えるのは無理!

 例えば、一人で遠心分離機作れますの? というくらいの無茶振り。

 グラニュー糖からの粉糖ってのも難しいうえに保存が悪いと固まってしまう。


 それならと現地の砂糖で作るというわけにもいかない。この世界で出回っているのは、ブラウンシュガーみたいな含蜜糖。それで作っちゃうと味は確実に変わる。白くはならないし、着色料を入れても混じった色になって美しくない。


「かりふわで、少しねっとりしていてクッキーみたいで、クリームが入っているというのだが」


「庶民の料理で硬くなったパンに卵と牛乳浸して焼いたのが、かりふわ、とろっという感じです。クッキーならかりっとしない柔らかいものはありますけど、クリームも入ってませんし。

 クッキーにジャムでも挟んでみます?」


 そのくらいなら、現地のお菓子屋さんでも売ってる。貴族仕様ではないので、王宮で出されることはないと思う。

 うむ、と執事さん(仮)がそれでよいので作ってみよと命じてくる。


 ……うん。偉い人には逆らわない。でも、感じ悪いから言いつける。


 王宮のお菓子専門の厨房には色々そろっていた。でも、まだ電気の何かが普及はしていないし、基本的にはガスオーブンか薪。つまり一定の温度で同じように焼くというのも難易度が高すぎて難しい。マカロンって色ついちゃダメだし。

 やる気なく、ソフトクッキーを焼き、ジャムを挟んで提出した。

 ジャムも厨房にあったのを流用。キイチゴおいしいよね。


 これじゃないとお達しを受けて、お城を出されたのはその日のうちだった。

 二度と来るか!


 ……と思った王宮で、何度も呼ばれるとは思っていなかったのである。

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