4、アルメリアの花、群れ咲いて

 事情を教えてくれた後、ミディール王子はソファに座り、『異世界出身魔法使いの日記』を読んだ。


 そして、彼がこれまで知見を深めてきた異世界についての知識を語った。異世界がどんな世界か、という話題から、魔法や文学、地理学にまで話は広がって行った。王子は博学だった。

 

「マックス・フィーバーの定理を知っているかい、アイリス?」

「黄金の三方定理ですね」

「この本に書いてある異世界の定理は、マックス・フィーバーの定理に通じるものがあるね。ところで、文学者のエドウィンは彼のエッセイで友人マックス・フィーバーが山の頂上付近を『カルデラ』と呼んだと書いていた。それは異世界の言葉なんだ」

「マックス・フィーバーが異世界人だった可能性が?」

「そうそう! 今、それを考えていたんだ!」

 

 侍女がお茶とスコーンを給仕してくれる。


 香り高い紅茶の湯気を感じながら金の縁取りのティーカップを手に取る私の眼の前で、ミディール王子は私が持ってきた本を珍しそうに読み、目を輝かせた。


 サクサクのスコーンを頬張れば、焼きたてのあつあつの生地は中がやわらかで、美味しい。


「その本は……人々の役に立つと、思ったのです」


 ――ああ、今私は期待してしまっている。

 

 自覚しながら目を伏せると、とても自然な距離感でミディール王子が顔を近づけ、頬にキスをしてくる。


「もちろん。とっても役立つさ! 素晴らしい知識が詰まっているこの本は、国宝級の価値がある! 私にこの本を見せてくれて、ありがとう」


 ――ああ、私がずっと得られなかったものが、ここにあるんだ。

 

 それを実感した瞬間、私の目からじんわりと涙があふれて、ほろりとこぼれ落ちた。


 * * *

 

 その後、彼の主導によりセントウィーク王国は改革を進めた。


 数年後に隣国アイザール王国で流行病が流行るのだが、その時には衛生指導と薬の提供といった人道支援をして、大いに感謝された。

 ミディール王子は「これらの知識は、我が妻アメリアがもたらしたものである。彼女は、大陸を病魔から救い、人々の生活を向上させる情報をくれた聖女だ」と公表した。


 * * *

 

 ――セントウィーク王国の王城。

 

 仲睦まじい夫妻として有名になった私たちのもとに、アイザール王国の両親と妹エティーナからの手紙が届く。

 

 両親からは「ドムノウ王子の素行に問題があり、ついに廃嫡されて弟王子が国を継ぐことになった」「あの本はとても有益なものだったのだな。気付けなかった自分たちが恥ずかしい」という手紙。

 

 エティーナからは、弱々しい文字で、「お姉様。ああ、ドムノウ様は最低です。わたくしよりもお姉様の方がよかった、好意を寄せてくる女はつまらないなどと仰り、一度も寝室にいらっしゃらないの。わたくし、儚くなってしまいたい。生きているのが辛いです」と。

 

 続く文面には、「お姉様がお家にいらっしゃる頃、たくさん意地悪をしましたことをお詫びします。わたくし、お姉様がいなくなったあと、なんだか何も欲しくなくなってしまったの。ドムノウ様との冷え切った関係にも疲れましたし、これから離婚して修道院に参ります」としおらしく謝罪が書かれていた。

 

 彼らは、過去の自分たちを悔いていた。

 そこには、隣国の次期国王の妃であり聖女として褒め称えられるようになった私に媚びへつらう下心もあると思われる。


「まんまー、おはな!」


 手紙を読んでいた私に、我が子がお花を差し出してくる。

 

 愛しい王子との間に授かった王子ユーリスは、元気いっぱいで可愛らしい。

 やわらかな頬を林檎のように赤くして、「おてがみより、ぼく!」とアピールしてくる。


「ふふっ、お花をママにくれるの? ユーリス?」

「あーい!」


 ずっと「現実って、期待しても無駄なのだ」と思っていた。

 でも、今は「そんなことない」と思える。

 思いがけず突然、救われることもあるのだ。


「あちらの廃嫡王子や君の妹についてどう思う、アメリア?」

 

 優しい夫が瞼へと口付けをくれるので、アメリアは微笑んだ。

 

「私も、以前とは変わりました。人生は長く、変化しないと思われた人の境遇や心の在り様も、いつ何がきっかけでどのように変化するかわかりません。妹が望むなら離婚のお手伝いをしてあげたいです。ドムノウ元王子も、更生できるなら……」

「ふうむ。では、その意見を参考に、実際の彼らに会ってどうするか決めようね」


 ……ドムノウ王子の転落人生の一端は、この夫にある気もするのだけど?

 

 私はそんな想いを胸にしまっておいた。

 だって、彼に救ってもらえて、彼と一緒になれてよかったと思うからだ。


 ユーリスが「ぱーあ!」と両手を伸ばす。ひまわりみたいな明るい笑顔が、愛しい。

 

 私と夫がそれぞれの手でユーリスの手を握ると、ユーリスは無邪気に「きゃっ、きゃっ」と笑った。


 あたたかな陽射しが差し込む窓辺では、アルメリアの花が群れ咲き、青空の下で同じ風に吹かれ、一緒になってそよそよと可憐に揺れている。


 私は今、幸せだ。

 

 

 ――Happy End!



====

作品を読んでくださってありがとうございました。


『亡国の公主が幸せになる方法 ~序列一位の術師さん、正体隠して後宮へ』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073133522278


新連載です。

中華後宮ファンタジーです。もし作風が合うかも、と思った方は、よければ読んでください! 

ぜひぜひよろしくお願いします( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )❤︎

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【完結】奪いたがりの妹と奪われた姉、二人の結婚の結末 ~暗黒微笑系の隣国王子、賢姫を溺愛して「奪っちゃった♪」 朱音ゆうひ🐾 @rere_mina

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