2、君は察しがいいね!

 国王陛下がやってきたあと、パーティは解散となった。

 私の身分はどうなるのだろう、と様子を見ていると、数日経ってから我が家にお知らせが届けられる。


 それは、『アメリアとドムノウ王子の婚約は解消する。代わりにエティーナをドムノウ王子の婚約者とする。アメリアは隣国のミディール王子と婚約するように』という国王陛下からのお知らせだった。

 

 ちなみに、私が生まれ育った国は、アイザール王国、隣国はセントウィーク王国という。

 

 自分の国への愛着もないわけではないのだけど、貴族の娘には、基本的に選択肢はない。

 国や家から嫁げと言われれば、従うのみ。


「お母様、お父様……今まで育ててくださり、ありがとうございました」

  

 両親は「隣国の王室に姉が、自国の王室に妹が嫁ぐというのは、家にとって良い婚姻政策だ」と判断したようだった。

 

「身体に気を付けてね、アメリア」

「ミディール王子殿下とうまく付き合うのだぞ」


 別れ際に二人が親らしい感情も少し覗かせて見送ってくれたから、私はしんみりとした。

 

 * * *

 

 馬車の中で、私は専属侍女のマーサと一緒に現地での身の振る舞い方を話し合った。

 

 マーサは、小さな頃から私にやさしくしてくれた。使用人という立場もあり、両親や妹に物申したりはしないけれど、私がひとりで泣いているとそっと近づいてきて、お菓子をくれたり、話を聞いてくれたりする存在だった。

 

「マーサ、私は調べたのだけど、隣国の王子殿下は、異世界の文化に興味があるみたいなの。私、珍しい本をオークションで落札したことがあったでしょう? あの会場に、彼がいたようなのよ」

「まあ。それでは、オークション会場で見染められたのですね」

「そうじゃなくて、きっと私を見染めたのではなく、本が目的だと思うの」 

 

 本が主な目的で、私はおまけ。私は、今回の婚約についてそう結論付けていた。

 

 オークションで落札した本は、『異世界出身魔法使いの日記』というタイトルだ。

 

 書いてある内容は「1、魔法の楽しさ。2、衛生観念。3、栄養バランスのよい食事の大切さ」。

 興味深く読んだ私は特に2番と3番に感銘を受けて、両親やドムノウ王子に「この本に、国のためになることが書いてあると思うのです」と見せようとしたことがある。そう、「アメリア、この本は良いものだね」と言ってくれると期待してしまったのだ。

 

 結果は……「くだらない。異世界など存在しない。この本は頭のおかしい者が書いたものだ。読む価値すらない」と笑われて終わった。ドムノウ王子は本を取り上げ、「ふふん、アメリア。本を燃やされたくなければ俺の前に膝をついて『忠誠を誓います』と言って手の甲にキスするんだな」などと忠誠のポーズを強制してきたものだった。


 ……ミディール王子は、この本を読んでなんて仰るかな?


「我が君はきっと喜ばれますよ」

 マーサがふんわりと微笑む。


「そうね。期待してがっかりするのは怖いけど……なんだか、期待してしまいそう」

 

 ところで今、「我が君」って言った? マーサ?

 

 * * *

 

 やがて、馬車はセントウィーク王国の王都に到着した。

 

「わ、あ……! きれいな王都ね」

  

 訪れた隣国の王都は、美しかった。

 

 カラフルな三角屋根の立派な建物や店が並ぶ街並みも、道行く人々も明るい雰囲気。

 舗装された道の端には色彩鮮やかな花木が植えられていて、野良猫が日向ぼっこしている。

 

 王都のシンボルであるお城の城壁は堅固で、石造りの高い尖塔がいくつもそびえ立ち、国旗が風になびいている。

 馬車から降りて城の中に案内され、周囲の絢爛豪華な内装や飾られた絵画を見ていると、名前が呼ばれた。


「アメリア……!」 

 

 ミディール王子だ。

 見るからに「急いで来た」という雰囲気で、足早に近づいてくる。


「今日この日を楽しみにしていた。これから一緒に暮らせるのが嬉しいよ。君を大切にする。誓うよ」

  

 ミディール王子は爽やかに言って、私の手を取り、指先にキスを落とした。


「は……」

 最初から熱烈な言葉を浴びせられて、面食らってしまう。


「ははっ、驚かせてしまったかな、すまない!」

 

 そんな私をふわりと抱擁して、ミディール王子はこめかみにも口付けをする。


 壁際でかしこまっている侍女のマーサが「ほら、やっぱり見染められたのですよ?」という想いを視線で伝えてくる。私は首をかしげて本を差し出した。


「お待たせしました。こちらが殿下のお求めの本でございます」

「ん?」

 

 ミディール王子が目を点にして、私を放して本を受け取る。


「ああ、オークションで君が落札した本だね。覚えているよ。読んでいいのかい? 先に、君の部屋を案内しようと思うのだが……」


 ミディール王子はそう言って、私を横抱きに抱き上げた。


「ええっ? じ、自分で歩けますよっ?」


 視界がぐっと高くなって、私は思わずミディール王子にしがみついた。すると、王子は楽しそうに笑う。


「嫌かい? いやあ、私は今、実はかなりはしゃいでいるのだ。ずっと君をこうして抱きかかえてみたくて……許してくれないだろうか」

「ゆ、許すなんて……恐れ多くて……」

「君は、慎まやかだね。妹さんが我儘だったせいかな?」

「ふぇっ……」

「ふふっ、今まで苦労してきたのだと知っているよ。これからは私が甘やかすから、どんどん我儘を言って甘えてほしいな。私も今みたいに甘えてスキンシップを取るが、許してほしいな!」

 

 上機嫌に語る王子の声は、なんだか春に吹く穏やかな風みたいに心地いい。

 

 離れて見ていた時は優美な印象が強かったけど、服ごしに触れてみると筋肉がしっかりついているのがわかる。

 軽々と運ぶ足取りは頼もしくて、安心だ。

 

「さあ、着いた。ここが君の部屋だよ。気に入ってもらえると嬉しいな」

 

 これから私が日常を過ごすことになる部屋は、上品で可愛い雰囲気だ。

 

 家具はどれも真新しくて、統一感がある。


 床に敷き詰められた毛足の長い絨毯はやわらかく、白を基調とした机や衣装棚はお花の装飾がされていて、宝石箱には乙女心をくすぐるデザインのアクセサリーがいっぱい。

 

 壁にはきれいな絵画やタペストリーがかけられていて、寝室につながる扉にはアルメリアという名前の花をメインモチーフに使った可愛い装飾がされている。

 

 すごく歓迎されてるって気配だ。

 

 花柄のファブリックのソファに私を座らせて、ミディール王子はソファの前に膝をついた。


「以前、オークション会場で君に恋をしたんだ」


 ――本が目的じゃなかったんだ。

 驚く私に、ミディール王子は照れたように微笑んだ。


「その後、君のことを調べてみると、論文をたくさん出していた。全部読んだよ! どれも素晴らしかったが、国内では学者たちに評価された後に王室からの圧力がかかって評価が取り消された記録がある」


 ミディール王子は自分が酷い目に遭ったような辛そうな顔をした。

 

「しかも、貴国で情報収集活動させていた私の間諜スパイによれば、ご家庭でも不遇らしいではないか。それで、ずっと心配していて……気になって仕方なかったのだ」

「間諜というのは、もしかしてマーサだったりしますか?」

「君は察しがいいね! 我が国は情報の価値を重くみているので、貴国にもたくさんの人員をお邪魔させているよ!」


 祖国には間諜がいっぱい新しい。びっくりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る