テキスト名「証言2」

 

「今どうしてるのか。そういうのは全然知らないです。連絡もとれないし」

 

 Kさんは当時のことを思い出しながら、控えめに首を振った。

半年ほど前のことである。Kさんの同僚で友人でもあるDさんが、引っ越しをした。

 「光〇〇〇〇」というマンションで、築十年、家賃もそこそこ、何より全室リノベーションしてあるということで、外見に反して中は新築のように綺麗だったと、引っ越し準備をしながら、通話を繋げていたDさんは嬉しそうにKさんに語ったそうだ。

「前の場所は駅からちょっと遠くて毎朝大変だったみたいなんですけど、そこは駅近なこともあって、いいとこ見つかって良かったねって、話してたんです」

Dさんが引っ越してから二週間程たった頃、彼女はこんなことを話した。

 

「実は、最近ハンドメイドにハマっててさ。結構真面目に作ってんだよね」

 

話によると、引っ越しの挨拶周りで隣人である老夫婦のご婦人と仲良くなり、話の流れでご婦人のハンドメイド教室に参加してみたところ、意外とこれが自分のツボにハマったらしく、今では仕事終わりに手芸屋に寄るまでになっているという。

「少し驚きましたね。無趣味とまではいかないですけど、そういうものに没頭するタイプには思ってなかったので。ハンドメイドっていうのは、要は人形作りで。普通の綿のぬいぐるみとか、羊毛フェルトのやつとかもあって、作ったのを職場に見せてくれました。題材は動物とか、簡単なマスコットとかで結構出来良くて、私の好きな猫を作ってくれたりしました」

 楽しげにハンドメイドを語るDさんのことを微笑ましく思っていたKさんだったが、その様子おかしいと気づいたのは、Dさんが引っ越してから二週間ぐらいの時だった。

「妙に私に絡んでくるようになったんです。私が出したゴミとかを回収して「捨てとくよ」とかはまだ良かったんですが、そのうち仕事中はもちろん、休憩中でもトイレでもついてくるようになるというか、頼んでもないのに私のデスク周りを勝手に掃除し始めたりとか。流石にちょっとな、って一応それとなくやめてとは伝えましたが」


「なんで? だってこうした方が(解読できませんでした)やすいから」

 

 悪気のない笑みでそう一点ばりで返され、こう言われてしまうと、あまり主張が得意ではないKさんは黙ることしかできなかった。

 更に、行動だけではなく、趣味として始めたハンドメイドへののめり込み具合も尋常ではないレベル、と表現される様子だった。休憩中だけではなく、仕事中に上司の目を盗んでは机の下で手を動かし、家に帰れば寝食を忘れて制作に没頭しているようだった。顔色も青くなり、覇気のない声の衰えに流石に他の同僚達も心配し注意したが、Dさんは大丈夫だからとあしらい、行動を改めることはなかった。

 Kさんも気味が悪いのと半分、やはり心配していたので、どうにか改善してほしいと思うだけでそこから更に経った頃。

 深夜の事だったそうだ。いつものようにベットで寝ていると、どこからか音がしてKさんは目を覚ました。どうやら充電器に挿してテーブルに置いていたスマホがバイブしている音だ。アプリの通知かとも思ったが、それにしてはバイブが長く、眠い目を擦りながらKさんがスマホを見てみると、LINEの電話通話だった。しかも着信相手はDさんからだ。

 時計を確認すると、深夜二時半。なんでこんな時間に、と起こされたことによる非常識さにイラつく思いもあったが、もしかして何かあったのではないか? と思い直しKさんはとりあえずその着信に出た。すると、画面に映ったのは真っ黒な画面とDさんの大きな声だった。

「Kちゃん! ねえ、出来たよ!! ねぇ!!」

そこからインカメにしたのか、急にDさんの顔がドアップで映り込み、Kさんは一気に目が覚めたそうだ。

「ちょっとD、なんなの? もう遅いよ? こんな時間になんで電話して、」

「出来たの!! ほら私が作って出来たんだよ!! 〇〇〇〇したらさ、み〇〇〇〇〇〇でね!」

 Dさんはどこか興奮しきった様子で何かを捲し立てていたが、叫ぶように話しているせいで、音割れして聞き取りずらかった。血走った目で突然笑い転げたり、何度もその場で飛び跳ねたりする様に、様子がおかしいと危機感を覚えたKさんはDさんに落ち着くように何度も声をかけた。しかし、彼女は更にヒートアップして聞く耳を持たなかった。

「途中からもう、怒鳴ってるみたいな感じでしたね、なんて言ってたかな、「出来たから!」「私はやったからこれでいいってんだろ!」とか、そんな感じのことを言っていて。私もうなんだか怖くって、それで思わず口から出ちゃったっていうか、言っちゃったんですよね。「何が出来たの?」」って」

 すると、あれだけ暴れていたDさんはピタリと動きを止め、急に真顔になると、そのままどこかへ移動した。Kさんは後から思い返したそうだが、この時Dさんの背景が真っ暗だった。

 この子、どこに居るんだろう?

その疑問が出るのと同時に、Dさんが立ち止まり、インカメを直し、画面に何かを写しながら言ったそうだ。

 

「(解読できませんでした)さま」

 

 Kさんはそれを見た瞬間、スマホを投げ出したという。

「スマホのライトだけだったので、暗くてよくは見えませんでしたけど。人形が見えたんです。たくさんの人形が無数に、それこそ山のように赤い布が敷かれた台に乗せられていて、その中に、確かにあったんです」

 

 私の顔をした人形が。

 

その日以来、Dさんは行方不明になった。Kさんは一連の出来事を話し、Dさんが引っ越したというマンションの住所に上司と一緒に訪れたそうだが、そこはマンションどころか空き地となっており、近所の住民に聞いてもそんなマンションはこのあたりに無いと言われたそうだ。

 しかし一つ奇妙なことに、住民にこの空き地のことを聞くと、なぜか皆嫌な目をしてこちらを睨んだのだという。

 

 

(2015年 9月〇〇日発行 別冊「〇〇か〇〇」より 読者提供の書き起こし話 タイトル「ハンドメイド」)

 

 

 

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