テキスト名「かれんだー.pnj」

 誕生日だったんじゃないかなって思うんですよ。


 以前住んでいたところの、恒例行事って言えばいいのかな。見た感じ、僕はそんな印象でした。場所は普通のマンションでしたよ。よくあるマンションです。一昨年に出来たばかりだって聞いたし、家賃も不自然に安かったりとか、ご近所さんの付き合いが悪いとか、入居者が不自然に居付かないとかもなく、ともかく普通に普通なマンションでした。なんだったら、今でも案内できますし。

 ただ珍しいなって思ったのが、住民が参加する行事みたいなのがあったんです。

 参加は強制じゃないですけど、選ばないといけなくて、行事に参加するか、回覧板に記入するかのどちらかでしたね。ああ、回覧板ってのは連絡事項とか地区広報とか載ってるアレじゃなくて、通称なんです。

 説明少し難しいかもしれないですが、正確には、色紙ですね。ありませんでした? 卒業式とかに、後輩全員分のメッセージカードを貼り付けた色紙をプレゼントするとか。あれですよ。最近は百円ショップとかにカード付きの色紙とかも売ってますよね。

 で、その色紙に、やっぱり寄せ書きしてくんです。住民ほとんど書いてたんじゃないかな。カードには誰からとか部屋番号とかは書いてなかったから、誰が書いたとかは分からないけど、毎回回ってきてたし。フロントの共同ポストに差しとくか、直接届けにいくかですね。僕はポストに差して渡してましたが、隣のえっと、上田さんはいつも必ず直接渡してきてくれてました。お子さん二人もいて忙しいだろうに、いつも手作りお菓子添えて届けてくれるんですよ。

 回覧板ですか? まあ、最初はびっくりしましたけど。てか、そういうのあるんだみたいな。でもほら、変なものじゃないですし。上田さんも、いつもニコニコしてて感じ良い、本当に普通の人でしたよ。

 ああ、回覧板の内容なんですけど。色紙とメッセージカードが入った封筒一つ。これがワンセットです。カードの色は選べて、メッセージを書いて色紙に貼ったら、次の人に回します。寄せ書きですね。みんな凝ってましたよ。キラキラのシール貼ったり、色ペンで模様描いたり。僕はそういうセンスないんで、いっつもボールペンでしたけど、何個か書いてくうちにちょっと縁取りしたりとか、少し楽しかったですね。次どうしようかなって。変な話ですけど。

 でもこう言いつつ、僕にとってはそこまで負のイメージは持ってないんです。これに関しては。だからかもしれません。

 色紙の内容は単純です。「おめでとう」って書くだけです。ええ、これだけです。だからペン一本でできてしまう作業です。僕はいつも「おめでとう!」か「すごいね!」とか無難なこと書いてましたけど、他の人は「大きくなったね」とか「いつもありがとう」「大好き」「元気いっぱい」「幸せがありますように」、そんな感じです。明るいですよ。寄せ書きってそういうものでしょ。色紙の中央にも書いてある通り、これはお祝いするためのものなんですから、そりゃあ、みんな感謝や愛を書きますよ。あげたくないやつにそんなもの渡そうとは考えませんし。

 だから、僕があそこで言わなきゃよかったんだろうなって、今は思うんですけど。

 行事の方は、一回だけ参加しましたね。ええ、上田さんに誘われて。「ウチも子供と参加するんですけど、どうですか?」って声かけてくれたんで。ちょうど日曜日でした。

 何持って行ったっけな。普段からそういうのを用意する機会がないんで、親御さんに相談して、僕は靴下とお菓子だったかな。無難でしょう? 他の人たちは慣れてるのか気合い入ってました。手作りの衣装とか、ケーキとか、造花の花束だったり、限定のおもちゃだったり。最近のおもちゃっていい値段するんですね、びっくりしましたよ。

 参加する人らあでお菓子とか食事とかも持ち寄って、みんなが中庭に集合して大体昼の十二時からスタート。それがいつもの流れみたいですね。窓から声だけ聞いたことがあったんで少し知ってましたけど。開催中は参加者で普通に話してました。仕事の話だったり、ゴミ出しの時期だったり、家族の思い出話とか、今度の開催をどうしようかとか。そんなんでいいんですよ。喋るのがいいんですって。その日の当番だっ(欠落ページ 65ページから)

 だから聞いたんですよ。そういえばって不思議だったんですけどって。回覧板のことで。

 というのもですね、普通ああいう色紙を書くとしたら、例えば卒業式だったら「卒業おめでとう」とか「〇〇先輩卒業おめでとうございます」とか。あとお祝いなら「大学合格おめでとう」とか書かないですか?

 あの色紙、毎回「おめでとう」としか書かれてないんですよ。中央の方にそれしか書いてないんです。これじゃあ、一体何に対して祝ってるのか、誰に宛てているのか、わからないじゃないですか。それに僕、ようやく四回目ぐらいに気づいて。そこで上田さんに聞いたんです。


 これ、何に対しての「おめでとう」なんですか?


 したら、さっきまで笑っていた上田さんが急に真顔になって、その場にいた全員が黙って俺を見てました。それでわかったんです。

 祝えば、少なくとも嫌な顔しないだろうって思ってるんでしょうね。

それから三週間後して、(欠落ページあり)

で、今の場所に引っ越してきたって感じです。いやぁでも、あれはもう無理でしたよ。残った荷物取りに行くのですら嫌になりましたから。

 

※「〇〇〇〇ハイツ」築15年。家族及び夫婦の入居者記録無し。


(2018年 4月12日 各月刊雑誌「らしばかさ」、不定期コーナー「人様の奇怪」に掲載。現在休刊、絶版)

 

 

 

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