テキスト名「観察」

 

 トシギさん、(人の名前と思いますが、読み方が分からなかったので私が予測した読み方になります)こんにちは! いつも『謎ナゾ日常のスキマ世界』を楽しく聞いています! 

 早速になりますが、今回、わたしが体験した不思議な出来事を是非聞いて欲しく、初投稿させていただきました。

 その出来事というのが、つい二日前のことなんです。それは通勤中のことでした。

 わたしの職場は自宅の最寄り駅から、電車を一回乗り継ぎ、そこからさらに三駅目の場所にあります。去年だか一昨年だかに大河ドラマに出ている武将の出身地だとかで一時期話題になりましたが、それ以外は特に名産も無ければこれといって見どころもない、いわゆる田舎って場所です。自分の地元も田舎だとは思いましたけど、それでも駅に近いのもあってまだ都市部なんで、初めてここに配属になった時は、人の居なさに夜の帰り道が本当に怖かったです。

 まあ、そんな感じの田舎の駅だから、マジで駅の付近なんもないんですけど、一つだけ他の駅とは違う点がありまして。

 この駅の南口を出ると、階段のすぐ下に、小さな祠があるんです。

 以前トシギさんが「祠は神様を祀る小規模な神殿のこと」って言ってたから、小さいのは当たり前かもしれないですけど、そのサイズ感が本当に小さいんですよ。わたしの手のひらぐらいのサイズで、なんかミニチュアみたいな感じなんです。

 それぐらいならまだ、もしかしたら駅にまつわる神様? みたいなものを祀ってる駅とかでありそうなんですが、問題はその祠の成り立ちっていうか。

 その祠の両脇に、大量の布切れみたいなのが積み上がってるんです。多分布です。よく見たら切れ端っぽいのがあって、端がみんなバラバラだから。

 ずっと置いてあるせいなのか、雨風のせいで色とかほとんど黄ばんでて分からないし、軽い地層っぽくなってて、地面から突き出した岩みたいな、とにかく気持ち悪いんですよね。

 でも毎回そこを横切らないといけなくて。しかも匂うんです、そこ。通るたびに甘ったるいような。おばあちゃん家の箪笥の中にある防虫剤の匂いをもっと濃くしたような感じで臭くて、通るたびになるべく見ないように、ちょっと息止めて通ってたんです。

 それが二日前、この前の全国的に雨だった日です。わたしは帰宅しようと駅に向かっていて、近づいてきたところでワイヤレスイヤフォンを出しました。

 傘差したままつけようとしたもんだから、片手でうまくいかなくて途中で片方落としちゃったんです。買ったばかりの新品で、防水加工のやつだから壊れたりはしないんですけど、ちょっとショック。やっぱり横着するもんじゃないですね。

 で、まあこういうときって、よりによってみたいなこと起こるじゃないですか。まさにそれで、その片方のイヤフォンが例の祠のある階段下に転がっていってしまったんです。最悪の極みでした。当然拾いたいんですけど、拾うには祠に近つかないとじゃないですか。嫌で嫌で仕方なくて。

 駅員さんに頼んで取って貰おうかなとも思ったんですけど、落としたのは自分だし夜の雨の中悪いか、って気が引けて。仕方ない、自業自得だって言い聞かせて自分で取ることにしました。幸い、奥まで転がったわけじゃなかったから、屈んで手を伸ばせば取れる距離で、わたしは祠に近づいて傘差したままでしゃがんで片腕を伸ばしました。

 通るだけでもするのに、そのとき匂いが本当にやばかったです。もはや甘いってより、鼻が甘さで捻じ曲がりそうなぐらいでブワって。なるべく息止めて近づいたんですけど、それでもするぐらいで。気持ち悪すぎて早く早くって思いながら、なんとかイヤフォンは取れました。けど、焦ったせいか雨で足が滑って前屈みにちょっと転んでしまったんです。

 前に手ついてズボン汚れたなって思って起きあがろうとした時に、脇の布の岩が思わず目に入っちゃったんですけど。

 さっき岩みたいだって言ったじゃないですか。ある意味、当たってて。

 お地蔵さんだったんですよ、それ。布の隙間から、合わせた手が見えて、その形見たことあるなって。

 で、お地蔵さんの上から布がたくさん被さってるんですけど、布の端っこに「〇〇レンジャー」とか「東〇プロダクション」とか文字があるのがうっすら見えて。すごく身に覚えがあったんですけど、その時に片方だけ耳にしてたイヤフォンから、聞こえたんです。

 

 「よくできてると思うんだけど」

 

 通りすがりざまに、たまたま見かけてそう思ったみたいな。そんな声色が、耳元からしました。

 ああだからこれ、見様見真似なんだ。

 わたしはそこでイヤフォンを投げ捨てて、急いでその階段下から逃げ出しました。新品だったけど、傘も投げ出してしまったけど、関係ない。とにかく離れなきゃって無我夢中で走って。

 結局職場近くまで戻ってしまってからようやく落ち着いてきて、アプリでなんとかタクシーを呼んで帰りました。

 本当に怖くて怖くて仕方なかったんです。この辺が少し説明が難しいんですけど、言うなら、あのままだと、わたしもそうするんだろうなって。

 そう思ったんですよ。


(2020年7月23日放送 ラジオ『謎ナゾ日常のスキマ世界』より 再生7:58秒から抜粋)

 

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