二章 魔女に首輪は似合わない(2)

 ◇


 適当な、机のある空き部屋に移動した。ミゼリアは途中までしつこく付いてきたが、抗議を徹底的に無視すると膨れた顔で帰っていった。どうせふりだろうが。

「あ、ありがとう捜査官。助かりました」

 カトリーヌが申し訳なさそうに言った。

 翡翠の瞳に整った顔つきは見るものに畏怖の念を抱かせそうだが、へにょりとした下がった眉が印象を台無しにしている。首元の首輪は内気な女子がパンクバンドに憧れてうっかり付けたという感じにすら見える。

「あの人苦手なんです。いつもわたしをからかってくるし」

「心の底から同情するよ。俺もあいつのことは許せねえ」

 ローグはそう言った。

「は、はあ……そうなんですか?」

「まあ、あいつのことで時間を食うのももったいない。話を進めよう。これが捜査資料だ」

 と言って端末から印刷した資料を机に広げる。

「……なるほど」

 真剣な顔つきでカトリーヌは資料を眺める。

「前任者の時も捜査に参加していたのか?」

「……」

「聞いてるか」

「聞いてますよぉぉ」

 カトリーヌは突然涙を流し始めた。

「お、おい……どうしたんだよ?」

「だって、だって」とカトリーヌはしゃくり上げる。「前任の人はすごいいい人だったんです。でもミゼリアが自殺させちゃって……仲良くなったと思ったのに……うう」

「す、すまん、悪いこと聞いた」

「いいんです、気にしないでください」とカトリーヌが言う。「あ、そういえば借りた本返せなかった……ううううう」

「いや気にするだろ!」

 突っ込まずにはいられなかった。

 と、話がそれた。ローグは咳払いをし、

「で、お前は捜査に協力してくれるってことでいいんだな? 他の連中はどうやら俺と関わりたくもないようだが」

「もちろんです」

 カトリーヌがハンカチで顔を拭った。

「こんな残酷な犯人、野放しにしておけません」

 気弱そうな眼差しが消えていた。純粋に事件の解決を望んでいるように見えた。

 だが。

「……それは本気なのか?」

 ローグは言った。

「本気って?」

「残酷な犯人云々のところだ。お前が何をやったのかは知らないが――あの馬鹿は人間に危害を加えたくて仕方がないって感じだったぜ。他の連中もだ。協力してくれる分には構わない。だが、捜査にかこつけて自分の欲望を満たすことを目標にされちまったら困る」

 返答を待つ。自分は違うと怒るか、さっきみたいに泣くのか、それとも――魔女としての本性を見せるのか。十秒ほど待った頃だろうか、カトリーヌが突然目を細めた。

「あなたっていい人ですよね」

「意味がわからん」

「だってわざわざ確認してくれたじゃないですか。普通、魔女にそんなこと訊きません」

「……別にそれで『いい人』とはならないだろ」

「いい人です。わたしにはわかります!」

 ローグは微かに動揺した。

 ミゼリアや他の魔女は他人のことなど知ったことか、とでもいうような態度だった。だがカトリーヌはどうだ。まるで人畜無害ではないか。

(いや……流石にそう考えるのはまずい)

 ここにいるのは全員魔女だ。

 人畜無害な魔女などあり得ない。あって良いはずがない。魔女なんてものは皆、人間に害を与えるのだ。

 ローグは言った。

「なあ? ここから出たいって考えないのか?」

「考えます。アンデワースに収監されていた時も考えていたし、ここでも毎晩考えます」

(ほらみろ。結局外に行きたいだけなんだよ)

 カトリーヌは眉を下げて、

「ねえ捜査官……知ってますか? 捜査で活躍すれば魔女には恩赦が与えられるんです」

 魔女といえどタダ働きではないということか。

「どんなものが与えられるんだ?」

「ぬいぐるみとか本とか……あ! あとディナーが豪華になったり」

「何というか搾取されてる感じがするんだが」

「そんなことないです! 金曜日にはテレビが観れるんですよ!」

「……」

「望みも叶えてくれます。たとえば――ここから解放されるとか」

「そんなことが可能なのか!」

 唐突に爆弾を突っ込まれ、流石に声が出た。カトリーヌが苦笑する。

「ほとんど無理ですよ。あのミゼリアでさえ解放はされてないです。唯一手段があるとすれば国を救う程の功績をあげることです。そこまでしてやっと『二大貴族』が動いてくれると思います」

「皇国に留まれるってわけでもないんだろ?」

「ええ。国外追放という形になります。目隠しされて知らない国にポイです。もちろん〈首輪〉を付けたまま無一文で」

「世知辛いな」

「当然です。魔女に対しては何をしても許されます。だって魔女は悪人なんですから」

「……自分もそうだって言いたいわけか」

 カトリーヌがこくりと頷いた。

「……わたし、これでも昔は人の役に立とうとしていたんです。皇国中の困ってる人を魔術で助けてあげていました、でも……」

 ローグは黙って先を促した。

「ある時失敗しちゃったんです。大勢いました。何万人いたかもわからないです。そんな場所で魔術が……」

 喉から搾り出すような声が聞こえる。

 カトリーヌはローグから顔を背けた。

「ごめんなさい……余計な話をしてしまって……そんな時間はないんですよね?」

「……ああ」

 嘘なのか本当なのか、どちらであるとも決められなかった。考えてしまったのだ。魔女に認定されるのが残忍な悪党だけなのかを。

 カトリーヌのように偶発的な事故で皇国に損害を与えた場合、そのものの善悪などは無視されるのではないか。

 あの性格が捻じ曲がってる魔女みたいなのの方がよっぽどやりやすい。悪であると決めてかかる方がまだマシだ。

「ローグ捜査官、これから軍人を中心に聞き込んでみます。その……話を聞いてくれてありがとう……」

 カトリーヌが言った。その言葉を聞いた瞬間、ローグは自分でも信じられない選択をした。

「あー、軍人関係なら三区の『ポップマート』ってところのダニエルが詳しく知ってる。覗き魔みたいな奴で軍の不祥事を集めるのが趣味なんだ。俺から命令されてきたって言えば素直に吐いてくれると思う」

「……え?」

 カトリーヌはパチパチと瞬きをし、ローグを見てくる。

 ローグは俺は馬鹿か、と自分を罵った。魔女に、犯罪者に捜査官の情報源を教えるなんてあり得ない。だが、教えてしまった。

(何てことを……)

「あー……あれだよ、あれ。ほら、手分けして探さないと時間の無駄だろ? 俺は別の情報屋に裏を――」

「捜査官!」

 抱きしめられた。

 意外に着痩せするみたいで、ふんわりとしつつ重量のある感触が伝わってきた。

「……っ!」

 思考が鈍化する。伝わる感触に全てが支配される。今、何がローグにくっついている?

「……は」

「は? ってどうしました? あれっ真っ赤ですよ?」

「はっ離れっ」

「はなげ? いきなり何を?」

 声を聞き取ろうとしたのかローグの口元に、カトリーヌは自分の耳を寄せた。髪の生え際がはっきりと見える。あと石鹸の香りが……。


 ローグの健闘虚しく、離されたのは一分経った後だった。

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